コラム

祖父と私と「永遠の0」

2014年01月14日(火)09時00分

おじいちゃんは「戦争犯罪人」だった――私がそれを知ったのは、今から16年前、高校生のときだ。

祖父・稲木誠は第2次大戦中、岩手県釜石市にあった連合軍捕虜収容所の所長を務めていた。「連合軍捕虜」というのは、戦時中に日本軍がアジア・太平洋地域で捕虜として捕えた連合軍将兵約14万人のことだ。そのうち約3万6000人は日本に連行され、終戦まで全国各地の収容所で生活しながら労働力不足を補うべく働かされていた。祖父は3・11で大きな被害を受けた釜石市沿岸部の捕虜収容所で、製鉄所で働く捕虜約400人を管理していた。捕虜の国籍はオランダ、アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドなどで、その多くは若者だった。祖父も当時、28歳だった。

釜石市が近年の歴史で海からの脅威にさらされたのは、3・11が初めてではない。終戦が迫った1945年7月と8月、この町は太平洋から連合軍による艦砲射撃を浴び、壊滅的な被害を受けた。祖父が管理する収容所でも、捕虜32人が犠牲になった。祖父は戦後その安全管理責任などを問われて戦争犯罪人(B級戦犯)となり、巣鴨プリズンに5年半拘禁された。巣鴨プリズンというのは、東條英機などA級戦犯も入っていた監獄のことだ。現在その跡地には池袋サンシャインビルが建っている。

祖父は大学で英語や哲学を学んだ後に学徒兵として徴兵されたため、巣鴨プリズンでは英字誌のタイムやニューズウィークを読んでいた。戦時中の日本の新聞と比べて質の高い報道に触れ「ジャーナリズムの世界でもアメリカに敗れた」と感じた祖父は、プリズンを出た後に記者になった。

それから20年以上が過ぎた頃、釜石市で元捕虜だったオランダ人のファン・デル・フックという人から釜石市長宛に1通の手紙が届いた。そこには「収容所での取り扱いは良かった」と書かれていた。「戦犯」という十字架を背負いながら生きてきた祖父にとって、それは天上からの福音のようにありがたいニュースだった。過酷な捕虜生活を生き延び母国へ帰ったフックさんが、人生の終盤に際して祖父の心を救ってくれたのだ。これをきっかけに2人は文通を始め、敵味方を超えた友情を育んでいった。フックさんから祖父に贈られた捕虜収容所での集合写真の裏側には、フックさんの字でこう書かれている――「1944年クリスマス 人情味ある所長であった稲木さんへ敬意をもって」。

私がこれらの話を知ったのは、高校時代のある夏の日だ。祖父は私が7歳のときに他界していたため、戦争体験については彼が記者を辞めてから出版した本などの手記を読んで初めて知ることができた。祖父の記憶と言えば、いつも優しくひょうきんで、幼い私に身振り手振りで英単語を教えてくれたこと。その祖父からは想像も出来ない壮絶な人生に、手記を読むうちどんどん引き込まれていった。単純に、祖父のことをもっと知りたいと思った。

祖父から直接話を聞くことが出来なかったため、それ以来私は祖父を知る人物を探してきた。大学時代には釜石市を訪れて祖父の元部下に会い、アメリカ留学時には元連合軍捕虜の戦友会に参加したり、メリーランド州にある公文書館で祖父の裁判資料をあさったりして調査を続けた。それでも、祖父を知る元捕虜を見つけることは出来なかった。

当時のことを調べるなかでは、知りたくなかったことも沢山出てきた。釜石にいたアメリカ人元捕虜(既に他界)が書いた本には、祖父のことが悪く書かれていた。祖父に有罪判決を下したアメリカ側の裁判資料にも、フックさんが手紙の中で回想する祖父像とはかけ離れた供述ばかりが並んでいた。今から10年前には、釜石にいた元捕虜が米ワシントン州に存命していることが分かった。だが私が電話をすると「話せない」とすぐに切られてしまった。当時の私はまだ勉強不足で、元捕虜の苦しみを本当の意味では理解できていなかった。

それから7年が過ぎた2010年、 知人から「釜石にいた捕虜がアメリカで見つかった」という連絡が来た。待ちに待ったはずのニュースだったが、私は嬉しいというより戸惑った。これまで別の収容所にいた各国の元捕虜たちと交流してきて分かったのは、彼らは終戦後もずっと痛みを抱えたまま生きてきたということだ。元捕虜の多くは90歳を迎えて静かな余生を送っている今、私が突然連絡をすれば当時の悲惨な記憶を蘇らせることになる。そう思うと、この捕虜に連絡することがどうしても出来なかった。

――百田尚樹氏の「永遠の0」を読んだのは、それから2年後の2012年のことだ。数カ月後にはニューヨーク支局に赴任することが決まっているなか、妹から強く薦められ読むことにした。だがこの1冊がきっかけで、それから1年後、私は釜石にいた元捕虜に会うことになる。

「永遠の0」は、フリーライターの姉と司法浪人している弟が特攻で戦死した祖父・宮部久蔵の軌跡をたどる話だ。2人は祖父の元戦友たちを次々と訪ね、様々な側面から祖父の人物像を浮かび上がらせていく。孫の視点で祖父の戦争体験について多角的に掘り下げていくという設定に、私は冒頭からぐいぐいと引き込まれていった。そして読み終わったときには、封印しかけていた祖父の話にもう一度向き合ってみようという思いが固まっていた。「永遠の0」には、ちゃんと結末がある。生きることにこだわった祖父がなぜ最後に零戦に乗り込んだのか。その疑問に孫なりの答えを出しているが、私にとっての祖父の話は今も中途半端なままだ。祖父はなぜ「戦犯」として裁かれたのか。その経験を「書きつづるのは地獄の苦しみだった」と手記に残した彼は、そうまでして何を伝えたかったのか。「永遠の0」を読んで自分の中の祖父の話がまだ終わっていないことに気付かされ、フィクションではなく実在の祖父を知る実在の登場人物に、答えの鍵を求めてみようと思ったのだ。

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。編集コンセプトは、世界と日本をさまざまな視点から見つめる「複眼思考」。編集部ブログでは国際情勢や世界経済、海外エンターテインメントの話題を中心に、ネットの速報記事や新聞・テレビではつかみづらいニュースの意味、解説、分析、オピニオンなどを毎日お届けしていきます。

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