コラム

「ソニーらしさ」の勘違い

2012年05月25日(金)09時00分

 企画を思いついたのは一昨年暮れ。ソニーリーダーの機能に不満をもったジャーナリストの佐々木俊尚氏が「ソニーは死んだ」とツイートしたところ、賛同と反発で佐々木氏のタイムラインが「祭り」状態になったのがきっかけだった。ソニーがiPadとiPhoneで世界を席巻するアップルに、すっかり革新的ブランドとして立場を逆転されたことは誰の目にも明らかだ。驚いたのは日本人がまだソニーをあきらめておらず、かなりの人の心の中に「ソニー愛」とでもいうべき感情が残っていたことだった。

「ソニー復活のきっかけを探る特集ができれば、日本人に元気を出してもらえるかもしれない」。そう考え、企画のためのリサーチを始めた。ただ基本情報を漁っても、相談に乗ってもらったソニーウォッチャーと喫茶店で頭を絞っても、有力な「処方箋」は見えてこない。そうこうしているうちにソニーの業績は悪化を続け、「ソニーの処方箋」と仮のタイトルをつけた企画書もお蔵入り。挙句の果てに、企画書に「処方箋その2」として書いたストリンガー会長交代が現実になった。

 日本の製造業が物質面でも精神面でも、第二次大戦後の日本社会と日本人を牽引してきたことに議論の余地はない。世界に冠たるメード・イン・ジャパンは日本人の誇りで、その中でもソニーは世界の人々に「新しい生活」を提供できる特別な存在だった。そのソニーが99年にロボット犬AIBOを発売してから一向に世界を驚かすヒット商品を作り出せなくなったことに、日本人は傷ついている。ソニーをあからさまに批判する人もいるが、それは「ソニー愛」の深さゆえの裏返しといっていい。

 ただ、時に過剰に、時にゆがんだ日本人の「ソニー愛」がかえってこの会社をダメにしているのではないか。ソニーが下降線をたどる様を1年半にわたってつぶさに見続けているうち、そう感じるようにもなった。

 昨年夏、ソニーはフルモデルチェンジしたノートパソコン「バイオZ」を大々的に売り出した。確かにその高機能は薄型ノートパソコンの概念を破壊したバイオシリーズの最高傑作と呼ぶのにふさわしいが、値段は20万円台(当時)。8万円台で十分な機能があって使いやすいMacbook Airをつくるアップルと、ボリュームゾーンを他社に食いつくされてハイスペックを掘り下げるしかなくなったソニーの差をこれほど如実にあらわす実例もない。ただファンの目にはまだ、そんなソニーが「あくなきハイスペック追求企業」と映る。

 取材中、よく耳にしたのが「厚木を活用することが復活への近道だ」という話だ。「厚木」とはプロユース用の技術開発を行っている厚木市にあるテクノロジーセンターを指す。4月に就任した平井一夫新社長も「業務用の最先端技術を消費者向けに製品化するのが勝ちの方程式」と、「厚木」への期待を語った。確かに、ソニーにはテレビ局用に開発した技術を家庭用ベータ型録画機に転用した実績がある。平井新社長が「勝ちの方程式」で具体的にイメージしているのは、次世代ハイビジョン技術4K規格のテレビだろう。

 ただ、高性能・高機能を掘り下げるだけではソニーの復活にはつながらない。日本人も、そしてソニー自身も「ソニーらしさ」を勘違いしている。勘違いにはさまざまな原因があるが、日本人の国民性にもその一因はある――。企画案「ソニーの処方箋」は、1年半経って現在発売中の本誌特集「ソニーと日本人」になった。

 ソニー自身そして日本人は「ソニーらしさ」をどう勘違いしているのか、日本人の何がソニーをダメにしているのか、そしてソニーはどうすべきなのか。詳しくは特集をお読みいただきたいが、ソニーが「ソニーらしさ」を再発見できるかどうかは、この日本を代表する企業にとって決定的に重要だ。なぜなら白物家電のあるパナソニックとも、重電や情報システムがメーンの日立、三菱電機とも違って、デジタル機器が売れなければソニーにはエンターテイメントと金融しか残らないからだ。

 そんなソニーをもはや誰もソニーと認めないだろう。

――編集部・長岡義博(@nagaoka1969) 

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

高市首相、中国首相と会話の機会なし G20サミット

ワールド

米の和平案、ウィットコフ氏とクシュナー氏がロ特使と

ワールド

米長官らスイス到着、ウクライナ和平案協議へ 欧州も

ワールド

台湾巡る日本の発言は衝撃的、一線を越えた=中国外相
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナゾ仕様」...「ここじゃできない!」
  • 2
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 3
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネディの孫」の出馬にSNS熱狂、「顔以外も完璧」との声
  • 4
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後…
  • 5
    「搭乗禁止にすべき」 後ろの席の乗客が行った「あり…
  • 6
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 7
    【銘柄】いま注目のフィンテック企業、ソーファイ・…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 9
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 10
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story