コラム

オバマ核政策の矛盾は高等戦術

2010年10月15日(金)16時12分

 オバマ政権下で初めての「未臨界核実験」が、先月ひっそりと実施された。

「未臨界」とは、臨界に達しない、つまり核爆発を伴わない実験のこと。アメリカはこの「未臨界」核実験に関しては核実験を全面的に禁止する包括的核実験禁止条約(CTBT)には抵触しないという立場を取っている。このためアメリカ国内でこの実験が大きく報道されることはない。

 オバマ大統領は、昨年4月のプラハ演説で「核兵器廃絶」を目指すと明言。ロシアとの間で新たな核軍縮条約を締結し、実際に核軍縮を進めている。その一方で現行の核抑止力を維持・強化する方針も打ち出している。

 こうしたオバマの核政策に対して、究極的な核廃絶の目標と当面の核抑止力の維持のどちらが優先されるかはっきりせず矛盾を抱えている、という批判もある。

 しかしオバマ大統領は、自分の任期中にアメリカの核兵器を全面的に放棄するとは一言も言っていない。核兵器廃絶の目標を達成するのは「自分の生きている間には不可能かもしれない」という認識も、繰り返し示している。

 要するに「核抑止力を持つアメリカの絶対的な優位性を保ちつつ、新たにイランや北朝鮮が核兵器を持つことは阻止したい」ということ。他国の核開発を阻止する上で、「アメリカはロシアと共に核軍縮を進めている」という事実は、倫理上の正当性を確保する非常に有効な言い訳だ。突っ込みどころのない高等戦術とも言えるだろう。

 今年4月に米政府が発表した「核戦略体制の見直し」(NPR)では、核を保有しない国に対しては自衛であっても核兵器を使用しないという方針を初めて示した。その一方で、アメリカが生物兵器や化学兵器で攻撃を受けた場合は、核兵器による反撃の余地も残しているという。

 現状の世界情勢で、アメリカが一方的に核抑止力を放棄することなど有り得ない。核技術が拡散している世界を前にして核兵器廃絶の理想を提示したオバマを、「矛盾している」と批判するのは少しナイーブすぎるのではないだろうか。

――編集部・知久敏之

このブログの他の記事も読む

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

石破首相「双方の利益になるよう最大限努力」、G7で

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 9
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 10
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story