コラム

アメリカン・ニューシネマの代表作『いちご白書』を観た日が僕のターニングポイント

2023年10月24日(火)18時18分

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<怪獣映画やアニメ映画ばかり観てきた15歳の僕に、アメリカン・ニューシネマの代表作の一つである『いちご白書』が与えた衝撃>

高校受験が終わった春休み。15歳だった僕はクラスメイトに誘われて、当時住んでいた新潟市内の名画座に足を運んだ。

大人びたクラスメイトは、みんなが聴いていたサイモン&ガーファンクルやビートルズだけではなく、ボブ・ディランやピート・シーガーなどのレコードも持っていて、時おり名画座にも足を運んでいるという。

上映していた映画は『イージー★ライダー』『いちご白書』の2本立て。この時代にはスマホはもちろん、ネットも存在していない。「ぴあ」や「シティロード」など映画情報誌の登場は少し先だ。つまり2本の映画についての予備知識はほぼない。




最初に『イージー★ライダー』が上映され、次に『いちご白書』だった。ロールクレジットと共にバフィー・セントメリーが歌う主題曲「サークル・ゲーム」がフェイドアウトし、館内が明るくなって隣に座っていたクラスメイトが立ち上がっても、僕は腰を上げることができなかった。決して誇張ではなく腰が抜けていた。

想像してほしい。それまでゴジラやモスラやガメラなどの怪獣映画かディズニーのアニメ映画、文部省推薦の『サウンド・オブ・ミュージック』や『二十四の瞳』を観てきた15歳の少年が、いきなりアメリカン・ニューシネマを観たときの衝撃を。

その後の高校生活で、この小さな映画館は僕にとって一つの拠点になっていた。もっとも高校生の小遣いでは、月に1回くらいしか行けなかったが、ここで『卒業』や『真夜中のカーボーイ』『...YOU...』『明日に向って撃て!』などアメリカン・ニューシネマを観続けた。

ゴダールの『勝手にしやがれ』やトリュフォーの『大人は判ってくれない』などヌーベルバーグも観たけれど、当時の自分には難解すぎてよく分からなかった。やはり僕にとって映画の原点は、1960年代後半から70年代半ばにかけてアメリカで製作されたアメリカン・ニューシネマだ。ベトナム戦争や公民権運動、ヒッピームーブメントやカウンターカルチャーなど社会や政治の大きな変動が反映された映画の潮流。反体制で無軌道な主人公が権力や体制に反逆するが、最後は必ず負ける。つまりアンハッピーエンドが定型だ。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利、現行水準に「もう少し長く」維持する必要=ミ

ワールド

バイデン・トランプ氏、6月27日にTV討論会で対決

ワールド

ロシア、ウクライナ攻勢強める 北東部と南部で3集落

ワールド

米、台湾総統就任式に元政府高官派遣
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story