コラム

仏大統領選目前のマクロン、「プーチンとの対話」をやめる訳にいかない理由

2022年04月09日(土)15時31分

ハンガリー首相「ロシアの原油・天然ガス制裁はレッドラインだ」

ハンガリーでは4月3日の議会選(一院制、任期4年)で、ロシアや中国との関係を重視するビクトル・オルバン首相率いる中道右派「フィデス・ハンガリー市民連盟」など与党連合が定数199の3分の2以上に当たる135議席を獲得した。オルバン氏は「月から見えるほど大きな勝利を収めた」と宣言した。

ハンガリーはEUと北大西洋条約機構(NATO)加盟国だが、オルバン氏は「ロシアの原油・天然ガスに対する制裁はレッドライン(越えてはならない一線)だ。制裁は欧州経済にも大きな打撃を与えている」とブダペストでロシア、ウクライナと独仏の停戦協議を開くよう呼びかける。米欧がウクライナに供与する武器が自国内を通過するのも拒否している。

オルバン氏は6日、要請があればハンガリーはEUの方針に反してロシア通貨ルーブルで天然ガス代金を支払うことでプーチン氏と合意したことを明らかにした。ハンガリーのシーヤールトー・ペーテル外務貿易相は「これはわれわれの戦争ではないので関わりたくないし、関わるつもりもない」と述べた。

シンクタンク、欧州外交評議会(ECFR)パリ事務所のタラ・バルマ所長は「EUレベルではエネルギーのロシア依存を減らすとともに国防費を増やすことが大きなテーマになっているが、仏大統領選では外交や欧州問題が議論されることはない。主な争点はエネルギー価格や購買力、学校、交通など国内問題だ」と指摘する。

「中露接近が欧州に悪影響を与える」

バルマ所長によると、12人の大統領候補のうち外交や欧州問題を扱った経験があるのはマクロン氏だけ。「マクロン氏は以前から中露接近が欧州に与える悪影響を心配していた。彼の基本的な考え方はロシアを中国から引き離すことで、プーチン氏の安全保障上の懸念にも理解を示した」と解説する。安倍、マクロン両氏の対プーチン外交は共通している。

ルペン氏は14年、ロシアの銀行から政治活動の資金として900万ユーロ(約12億1700万円)の融資を受けた。彼女はウクライナの話題を避け、エネルギーや食品価格の高騰に対する有権者の不満をあおる。「エネルギーや生活必需品にかかる税金を下げ、企業に最低賃金を上げるインセンティブを与え、あなたのポケットにおカネを戻す」と訴える。

仏大統領選最大の争点は購買力だ。マクロン氏は大統領就任後、解雇規制の緩和や富裕層減税を進め、「金持ち、大企業優遇の大統領」と皮肉られた。18年には燃料税引き上げを引き金に「黄色いベスト運動」がフランス全土で吹き荒れた。マクロン氏とルペン氏の一騎討ちになれば、決選投票でゼムール支持者は極右つながりでルペン氏支持に回る可能性がある。

フランスの有権者にとってウクライナの戦争や欧州の安全保障より、エネルギーや食品価格の高騰で生活が貧しくなる方がずっと心配だ。外交で大きくリードしていたはずのマクロン氏は国民一人ひとりの購買力低下で守勢に立たされている。ECFRのバルマ所長は「投票率が大きな波乱要因になる」と表情を引き締めるのだが...。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン大統領と外相搭乗のヘリが山中で不時着、安否不

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story