ニュース速報

ワールド

アングル:急激な温暖化、猛暑の茶畑で奮闘するバングラの労働者

2023年06月18日(日)08時02分

 バングラデシュ北東部で30年にわたって茶の収穫に従事してきたプル・クマリさん(45)。今年の収穫期のような猛暑と干ばつを経験したことはないと語る。写真はスリーマンガルの茶畑で、作業が終わった後に水を飲む人々。5月29日撮影(2023年 ロイター/Mosabber Hossain)

Mosabber Hossain

[スリーマンガル(バングラデシュ) 12日 トムソン・ロイター財団] - バングラデシュ北東部で30年にわたって茶の収穫に従事してきたプル・クマリさん(45)。今年の収穫期のような猛暑と干ばつを経験したことはないと語る。

水分補給のための休憩中、「暑すぎて仕事にならない」とクマリさんは言う。彼女はシレット市の南方、スリーマンガルにある茶畑で働いている。

「まるで台所で鍋の脇に立っているようだ」とクマリさん。「この年になるまで、こんな経験は初めてだ」

スリーマンガルはバングラデシュの「茶の都」と呼ばれる。従来、国内で降水量が最も多く、夏には気温が30度近くに達するものの、雨で冷やされるおかげで暑さは穏やかに感じられる。

しかし近年、地球温暖化に伴って気温が上昇しており、5月にはスリーマンガルで39度という猛暑を記録した。さらに悪いことに、その月の降水量は平年の半分に留まった。

これが茶の収穫に大打撃を与え、前年比で半減が予想されている。例年なら、熱帯雨林や湖、そして絵のように美しい茶畑を見ようと、この起伏に富んだ地域を訪れる観光客の足も遠のいている。

世界各地で気候変動の影響により熱波が深刻化しつつあり、企業や労働者にとってますます大きなコストを強いていることが明らかになっている。化石燃料の利用が続く中でさらに地球温暖化が進んでいるだけに、各国の経済、そしてそのもとで生きている人々がどう対応していくのかという疑問が浮上している。

スリーマンガル観光業協会のカジ・シャムスル・ハケ事務局長は、今季は猛暑と干ばつのせいで観光客に敬遠されており、料金を60%も割り引いても集客効果は見られず、「非常に大きな損失」になっていると語る。

「雨季は、(60カ所のリゾート施設を抱える)スリーマンガルにとってピーク期に当たる」とハケ氏は言う。「だが今年は、そもそも観光客が来てくれない」

「気候変動の話は何度も聞いていたが、まさに今、私たちの地元にその影響が現れている」とハケ氏は語った。

<打撃は労働者と収穫の双方に>

だが、干ばつと猛暑の深刻化による最大の犠牲者は、ふだんなら穏やかな気候のもとで茶畑で働いていた多数の労働者だろう。この地域で茶が栽培されるようになったのは、英国による植民地支配時代からだ。

ミニ・ハズラさんは、この地域の農園の1つ「バラウラ茶園」で茶摘み作業に従事している。例年なら1日に50-60キロの茶葉を摘むことができるが、今年は作業終了時刻までに摘めるのは15キロそこそこだという。収入という点でも打撃だ。

「猛暑の中で働くと、肌がヒリヒリと焼けて、水を浴びても収まらない」とハズラさんは語る。

暑さによる疲労もひどく、疲れ果てて職場から帰宅しても、家事を済ませるのに苦労する、とハズラさんは言葉を続けた。

これまで茶摘みの環境がこれほど過酷だった記憶はないという。「以前はこんなことはなかった。雨がたっぷり降るおかげで、夏でも楽に働けた」とハズラさんは言う。

一方、気温の上昇はバングラデシュの茶畑で働く労働者たちだけでなく、茶という作物そのものを脅かしていると研究者は指摘する。

バングラデシュ茶研究所で首席科学官を務めるアブドゥル・アジズ博士によると、茶の木が最もよく生育する気温は15-25度だが、約29度までなら十分に茶葉を提供し続けてくれるのが普通だという。

だが、ここ2年間は36度と37度、今年は39度と年々最高気温が上昇し続けて「あらゆる面で限界を超えてしまい」、現在では生産量が低下しつつあるという。

バングラデシュ農業大学のロミジ・ウディン教授(農学)は、気温の上昇に伴い害虫の問題も深刻化していると指摘する。特に問題なのが、茶葉を傷つけ、防除のためには農薬散布が必要となるハダニの幼虫だという。

高温と降水量不足、害虫被害が重なることで、茶畑では「新しい葉が出てこなくなる」とウディン教授は言う。

スリーマンガル・クロナル茶園でマネジャーを務めるロニー・ボウミック氏は、この時期の同園での茶葉の収穫は通常1日あたり4500キログラムだが、今年は約2500キログラムと45%近い減少になっているという。

国内の茶葉生産を管理するバングラデシュ茶葉委員会は、今年の国内の収穫量も落ち込むと予想する。

「高温による減産を予想している。ここ数年、気温の上昇は続いているが、今年は特に悪い」と語るのは、同委員会で輸出担当副ディレクターを務めるムハンマド・マドゥル・カビル・チョウダリ氏。

バングラデシュの茶葉の大部分は国内消費に回るため、生産量の減少が国際市場に影響を与えることはないと考えられている。

<茶摘み作業に必須の水分補給>

温室効果ガスの排出量が増え続ければ、気温上昇という問題は今後もさらに悪化する可能性が高い。生産者側は、対応策としてできることといえば、労働者に飲料水と休憩、そして経口補水塩をしっかりと支給することくらいしいかないと語る。

茶摘み作業に従事する労働者は、以前であれば、昼時に農園側が提供する飲み物を摂るために休憩する程度だった。だが昨今では暑さのもとで働いているため、水筒を携帯することも多く、以前よりも頻繁な水分補給を心がけているという。

スリーマンガル・ガバメント・カレッジに通う高校生のカジ・カムルール・ハイデルさんは、気候変動問題関連の活動に参加している。世界中で炭素の排出を削減し、より多くの木を植えることが「私たちの地域を救う方法」だと言う。

だが、「気候変動と開発のための国際センター」(ダッカ)のサレームル・フク所長は、バングラデシュが急激な気温上昇に備え、適応するためには、それよりもずっと多くの行動を取らなければならないと語る。

「猛暑は気候変動による影響の1つだが、バングラデシュはその対応に不慣れだ。緊急に対応する方法を学ばなければならない」とフク所長は言う。

「正確な影響は予測できないだろうが、異常な高温が今後は当たり前になっていくことは確実だ」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2023 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロッキード、独ラインメタルと協力拡大 ミサイル製造

ビジネス

ドイツの銀行がペイパル口座振替一時停止、計100億

ワールド

脱炭素の銀行連合、組織構造を大幅見直しへ 日米欧大

ワールド

焦点:米「国家資本主義」の足音に身構える投資家、利
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    「どんな知能してるんだ」「自分の家かよ...」屋内に侵入してきたクマが見せた「目を疑う行動」にネット戦慄
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 5
    「ガソリンスタンドに行列」...ウクライナの反撃が「…
  • 6
    「1日1万歩」より効く!? 海外SNSで話題、日本発・新…
  • 7
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 8
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 9
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 5
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 6
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 7
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 8
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 10
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中