ニュース速報

ワールド

焦点:ガンジス川に沈んだ廃プラ事業、成果1トンで幕切れ

2021年01月25日(月)11時48分

 インドのガンジス川から歩いてすぐの距離にあるバラナシ市の事務所は無人で、南京錠が掛かっている。事務所の外には「リニュー・オーシャンズ」と書かれた手押し車やゴミ収集用の金属網が無造作に置かれ、錆びるがままに放置されている。写真は事務所の前に置かれたゴミ収集用の容器。昨年12月撮影(2021年 ロイター/Saurabh Sharma)

[シンガポール/バラナシ(インド) 18日 ロイター] - インドのガンジス川から歩いてすぐの距離にあるバラナシ市の事務所は無人で、南京錠が掛かっている。事務所の外には「リニュー・オーシャンズ」と書かれた手押し車やゴミ収集用の金属網が無造作に置かれ、錆びるがままに放置されている。

それは世界最大手の石油・化学会社などが資金を出した廃プラスチックを回収する旗艦プロジェクトの成れの果ての姿だった。石化大手はこのプロジェクトについて、プランクトンからクジラまであらゆる海洋生物を殺し、常夏のビーチや珊瑚礁を埋め尽くす海洋廃プラによる危機を解消できると説明していた。

「リニュー・オーシャンズ」プロジェクトの打ち切りは報じられてこなかった。将来の業績がプラスチック生産の伸びと直結している石化業界は、生産拡大に伴う廃プラの増加を抑える目標を掲げてきたが、それが達成できていないことを示す事例だと2つの環境保護団体は解説する。

<50社以上が資金を拠出>

石化大手が2年前に設立した国際的な非営利団体「アライアンス・トゥ・エンド・プラスチック・ウェイスト(廃プラを無くす国際アライアンス、AEPW)」は2019年11月にウェブサイトで、リニュー・オーシャンズとの提携を世界で最も汚染のひどい河川に広げ、「最終的には海洋へのプラスチックの流入を止めることが可能だ」とぶち上げた。

エクソンモービル、ロイヤル・ダッチ・シェル、ダウ、シェブロン・フィリップス・ケミカルなど50社以上の企業がAEPWとそのプロジェクトに5年間で総額15億ドルを拠出すると約束した。AEPWは実際に加盟社から集めた資金の額や全体の支出額を公表していない。

AEPWはロイターに対し、リニュー・オーシャンズが活動を停止したことを認めた。新型コロナウイルスで作業の一部が止まったことなどが理由だという。広報担当のジェシカ・リー氏は「当面は活動を再開するめどが立たず、他にも作業を行う上で支障があることから、AEPWとリニュー・オーシャンズは2020年10月に活動停止の相互合意を決定した」と話した。

< 「問題に対処する能力がない」>

米法律事務所フルウィット・アンド・アソシエーツの法律顧問でリニュー・オーシャンズの代理人であるアン・ローゼンタール氏も同プロジェクトの打ち切りを見込んでいると述べた。「このプロジェクトにより廃プラ問題への取り組みで重要な進展があったが、リニュー・オーシャンズとしては、単純に言ってこの規模の問題に対処できるだけの作業能力がないとの結論に達した」と言う。

AEPWはシンガポールに拠点を置き、スタッフは約50人。他にも進行中のプロジェクトはあるが、いずれも規模が小さくコミュニティーレベルの取り組みだったり、まだ成果が出ていなかったりする。リー氏は「プロジェクトは活動が最大限になったときに最大限の成果が実現するという点を心に留めることが重要だ」とした。

リニュー・オーシャンズのウェブサイトでの公表資料によると、ガンジス川からの廃プラ回収目標は2019年が45トン、20年が450トン。AEPWもリニュー・オーシャンズも目標の達成状況について情報を一切明らかにしていない。このプロジェクトに関与した関係者4人がロイターの取材に明かしたところによると、プロジェクトの活動期間は半年に満たず、昨年3月の打ち切りまでにガンジス川から回収した廃プラは1トンに届かないという。

AEPWとリニュー・オーシャンズは同プロジェクトの廃プラ回収量についてコメントを拒否した。科学者らによると、ガンジス川に流れ込む廃プラは推計で年間50万トン余り。回収量に関する政府統計はない。

<華々しい立ち上げ、派手なPR>

2019年1月に開かれたAEPW立ち上げのイベントは、ナショナル・ジオグラフィックで生中継され、ダウのジム・フィッターリング最高経営責任者(CEO)が「これまでで最も優れたプロジェクトの1つだ」と賞賛した。

AEPWとリニュー・オーシャンズは、廃プラの回収・再利用のために最新技術を投入すると説明。廃プラを入れるとタクシー運賃や食料雑貨の支払いに使えるバウチャーが受け取れる「逆販売機」や、廃プラをディーゼル油に変える熱分解装置を導入すると説明した。

しかしこのプロジェクトに関与した関係者4人によると、バラナシ市に設置されたこうした装置の試作品はたびたび故障した。AEPWとリニュー・オーシャンズはこうした装置の作動状況についてコメント避けた。

AEPWはロイターの取材に対して、リニュー・オーシャンズはバナラシ市で試験プロジェクトを行っただけで運用を先に進めていない。リニュー・オーシャンズはコメントを避けた。

AEPWによると、リニュー・オーシャンズに同団体が投じた資金は2年間で500万ドル。このうち一部がAEPWに返還済みで、同プロジェクトが活動を解消すればさらに追加で返還される見通しだという。

エクソンとシェルはロイターの質問をAEPWに転送した。ダウとシェブロン・フィリップスはコメント要請に応じなかった。

<ほど遠い目標達成>

AEPWは、5年間に「世界中で危機的状況にある100カ所余りの都市で数百万トンの廃プラを転用する」との目標を掲げている。これまでにリニュー・オーシャンズなど十数件のプログラムを発表したが、この目標達成にはほど遠い。

AEPWとその提携企業の公表資料によると、AEPWが資金提供しているプロジェクトのうち、これまでいくらかでも廃プラを回収したのはリニュー・オーシャンズなど3件だけで、いずれも小規模。AEPWによると、ガーナのプロジェクトの廃プラ回収は300トン。ウェブサイトによると、フィリピンのプロジェクトはこれまでのリサイクルが21トンだ。

世界中の廃プラ汚染についてまとまった統計は存在しない。ただ、入手可能な資料を元にすると、これらのプロジェクトによる回収・再利用は世界中の廃プラのほんの一部にすぎず、海洋から数百万トン規模の廃プラを回収するというAEPW自体の目標にもなお遠く及ばない。

例えば国連と各国のデータによると、毎年インドネシアとインドでは合計300万トン以上の廃プラが生まれ、回収もリサイクルもされていない。

<再利用より生産拡大に巨額資金>

化学エンジニアのジャン・デル氏は「AEPWのプログラムは廃プラの量に対して規模があまりにも小さく、世界中で出ている大量の廃プラを実際に減らすために他でも導入できるものではない」と述べた。

ロイターの昨年10月の報道によると、プラスチック業界は廃プラの再利用や処理のための取り組みを打ち出しているが、再利用よりも生産拡大にはるかに巨額の資金を投入している。安価なプラスチック新製品が大量に出回り、再利用は採算が取れない状態だ。

シェブロン・フィリップスは昨年7月、リニュー・オーシャンズが3月には既に活動を停止していたにもかかわらず、同プロジェクトの作業員がガンジス川で廃プラを回収している動画を利用し、持続可能性への取り組みを宣伝するプロモーションビデオを作成した。

グリーンピースUSAのオーシャン・キャンペーン・ディレクター、ジョン・ホシーバー氏は「地球上で最も金持ちで、最も強力な企業が、小さなコミュニティーで小規模な廃プラ回収プロジェクトを行い、見栄えの良い写真を撮るチャンスを作っている」と指摘。「プラスチックの生産を縮小する以外に廃プラを減らす方法はない」と述べた。

シェブロン・フィリップスはコメント要請に応じなかった。

(Joe Brock記者、John Geddie記者、Saurabh Sharma記者)

ロイター
Copyright (C) 2021 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米「夏のブラックフライデー」、オンライン売上高が3

ワールド

オーストラリア、いかなる紛争にも事前に軍派遣の約束

ワールド

イラン外相、IAEAとの協力に前向き 査察には慎重

ワールド

金総書記がロシア外相と会談、ウクライナ紛争巡り全面
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首」に予想外のものが...救出劇が話題
  • 3
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打って出たときの顛末
  • 4
    イギリスの鉄道、東京メトロが運営したらどうなる?
  • 5
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 6
    どの学部の卒業生が「最も稼いでいる」のか? 学位別…
  • 7
    主人公の女性サムライをKōki,が熱演!ハリウッド映画…
  • 8
    【クイズ】未踏峰(誰も登ったことがない山)の中で…
  • 9
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 10
    『イカゲーム』の次はコレ...「デスゲーム」好き必見…
  • 1
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップを極めれば、筋トレは「ほぼ完成」する
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    「お腹が空いていたんだね...」 野良の子ネコの「首…
  • 6
    千葉県の元市長、「年収3倍」等に惹かれ、国政に打っ…
  • 7
    完璧な「節約ディズニーランド」...3歳の娘の夢を「…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、…
  • 10
    アリ駆除用の「毒餌」に、アリが意外な方法で「反抗…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中