マクロスコープ:中東緊迫で市場乱高下「AIトレード、値動きを増幅」=大阪公立大・中川氏
インドのムンバイの証券会社で取引をするブローカー。2025年8月28日撮影。REUTERS/Francis Mascarenhas
Yusuke Ogawa
[東京 2日 ロイター] - 米国とイスラエルによるイラン攻撃を受け、株式や原油市場が乱高下している。日経平均株価は3月の月間下落幅が35年ぶりに過去最大を更新したほか、4月1日の上げ幅は歴代4位の大きさだった。
トランプ米大統領の予測不能な言動が市場のかく乱要因となっているが、金融工学を専門とする大阪公立大経営学研究科の中川慧教授は「人工知能を投資判断に活用する『AIトレード』も相場の値動きを増幅させている」と指摘。
理由について「チャットGPTなど特定の大規模言語モデル(LLM)が普及したことで市場参加者の投資判断が似通ってしまい、一方向に注文が偏りやすくなっている」と説明した。
中川氏は野村アセットマネジメントなどの資産運用会社で、データ分析に基づく「クオンツ運用」に携わった経歴を持つ。一問一答は下記の通り。
――AIは運用現場でどのように活用されているのか。
わたしが資産運用業界に足を踏み入れた2010年代前半は、クオンツ運用において、AIを使ったデータ分析が産声を上げたばかりの時期だった。当時は決算短信から特定の単語を抽出してポジティブかネガティブかを判定するといった、極めて単純な手法が中心だった。人間がPDFをテキスト化し、図表を整理するなど、AIが処理しやすい形にデータを整える「前処理」に多大な労力を費やしていた。
ところが今ではPDFだけでなく、音声データや画像、動画を直接読み込ませることが可能となり、入力段階の負荷は劇的に軽減された。情報の抽出においても、人間があらかじめ細かく要件を決めておく必要はなく、プロンプト(指示文)次第で高度な分析が自動的にできる。運用現場での生成AIの活用は大きく広がっており、クオンツ運用だけでなく、人間が投資判断を行う「ジャッジメンタル運用」を含めて、投資をする時点で何らかの形でAIを使う状況にある。
――AIに何を分析させているのか。
ありとあらゆる情報が分析の材料となっている。衛星画像やSNSのテキスト、スマートフォンの位置情報などの非構造化データがリアルタイムでAIに取り込まれ、売買に反映される。例えば小売り銘柄では、衛星画像で駐車場の混雑状況を把握し、収益動向を予測するようなアイデアは今や珍しくない。人間のアナリストが一人でカバーできる企業は多くても百社程度だが、AIであれば世界中の銘柄を網羅できる。これまで投資家から放置されてきた(事業規模の小さい)企業に再評価の機運が高まっている。
――AI活用は投資リターンの改善につながるのか。
短期的には投資リターンは向上するが、その優位性は長く続かないだろう。AIによって分析や検証のスピードが飛躍的に高まっており、有効な戦略はすぐに模倣される環境にある。結果として、収益機会が消滅するまでの時間は従来よりも大幅に短くなっている。しかし、AIを活用しないという選択肢はない。AIはリターンを恒常的に押し上げるというより、競争を加速させる要因と位置付けるべきだ。
――市場の安定を阻害するとの懸念の声も出ている。
最大の問題は多様性の欠如だ。主要な大規模言語モデル(LLM)は「チャットGPT」や「ジェミニ」など数種類に限られている。市場参加者が同一のモデルを利用すれば、投資判断が似通ったものになり、特定のポジションに資金が集中しやすくなる。特に地政学リスクが発生した際にその傾向は顕著で、AIは過去の類似事例から瞬時に影響を推論する。多くの投資家がAIによって「同じ正解」を同時に導き出し、一斉に注文を出すことで、反対側の取引相手が市場から消える「流動性の枯渇」を招く恐れもある。
今回の中東危機では、ホルムズ海峡を通過する船舶のトラッキングデータのほか、各国指導者の発言やSNS投稿をAIが解析している。不確実性の高いトランプ氏の発言を、AIを用いた投資家はすぐに投資判断に織り込むため、その度に値動きは激しくなりがちだ。急激な動きを見た人間がさらに不安から売買を加速させるという連鎖が起きているのだろう。
――日本は、AIトレードの進化にどのように向き合うべきか。
日本と海外の機関投資家の間には、AIの専門人材の数で依然として大きな差がある。国としてリスキリング(学びなおし)による人材育成に取り組むべきであろう。また国内の金融機関は米国製のLLMに依存しており、経済安全保障の観点からバックアップ用の国産LLMの整備が重要な課題となる。加えて、フェイクニュースやLLMのバイアス(偏見)によって価格形成が歪められるリスクへの対応も不可欠だ。
(聞き手・小川悠介 編集:橋本浩)





