ニュース速報

ビジネス

アングル:香港金融機関の誘致合戦、日豪しのぐ最有力はシンガポール

2020年08月02日(日)08時06分

 日本やオーストラリアなどアジア太平洋地域の国々は、中国による香港国家安全維持法施行で香港から逃げ出す金融機関を呼び込もうと誘致策を準備している。写真は香港で2019年7月撮影(2020年 ロイター/Tyrone Siu)

[香港/シンガポール 27日 ロイター] - 日本やオーストラリアなどアジア太平洋地域の国々は、中国による香港国家安全維持法(国安法)施行で香港から逃げ出す金融機関を呼び込もうと誘致策を準備している。しかし金融業界の専門家によると、こうした国の一部は高い税率や労働コスト、肥大化した官僚制度、文化の違いが誘致の障害となっており、最も有力なのは香港と類似点の多いシンガポールだという。もっともシンガポール自体は誘致にそれほど熱心ではない。

金融機関の多くがアジア太平洋地域の拠点を置く香港では、7月1日の国安法施行を受けて、企業の間で香港での経営を見直す動きが広がっている。香港の金融当局は先週、国安法を懸念する複数の機関から接触があったと明らかにし、同法が経営に影響を与えることはないと説明した。

しかしアジア太平洋地域の金融センターの座を巡って争うライバルたちは、国安法を巡る懸念が追い風になると期待している。

オーストラリアのアンドルー・ブラッグ上院議員は今月、財務省に書簡を送り、「香港の混乱で、オーストラリアとシドニーがより強力な金融センターとなるチャンスが生まれた」と指摘。政策の変更を促した。

日本も当局者が香港からの事業誘致に言及。今月に入って国際的な金融センター化に向けて有能な人材を誘致する方針を打ち出した。与党が公表した香港の金融人材受け入れ策には、就労ビザ制度の見直しや投資管理業務のライセンス承認手続きの簡素化などが含まれている。

規模の小さい他の金融センターも誘致に取り組んでいる。韓国の釜山は金融機関向けに税制上の優遇措置を設け、無料でオフィスを提供する。台湾の規制当局トップはロイターの取材に、法の支配や民主主義的な価値観が誘致につながると期待を示した。

<高いハードル>

しかし金融業界の専門家は、実体を伴わない改革では誘致は困難だと指摘する。香港の法律事務所メイヤー・ブラウンのパートナー、スティーブン・トラン氏は「率直に言って、東京は香港に取って代わるのはもちろん、香港からかなりのシェアを奪うのも難しいだろう」と話した。

以前東京で4年間暮らした経験を持つトラン氏によると、日本は税制や巨大な官僚制度、重い労働コスト、英語を流ちょうに話せる人の少なさなどの要因がネックとなっており、金融機関が東京にアジア太平洋地域の拠点を置くのは難しいという。

香港の法人税率は16.5%と、日本やオーストラリアの半分強で、アジア太平洋地域では最も低い部類に属する。

年長のスタッフに香港でのライフスタイルを変えるよう説得するのも厄介なようだ。サンタフェ・リロケーションの在東京マネジャー、ジェレミー・ラフリン氏は「通常、日本に居を移すと、香港に移る場合よりもはるかに手間が掛かる」と述べた。

言葉や文化の違い、不十分な金融インフラといった点が障害となって、韓国と台湾の取り組みも実を結ぶことはなさそうだ。

オーストラリアは文化の面では問題が少ない。しかしオーストラリアの機関投資家業界団体、金融サービス協議会(FSC)のサリー・ローン最高責任者は、香港の金融機関を誘致するには税制や規制を改革し、資金運用業界の体制を他のアジア諸国と肩を並べるようにする必要があると述べた。

<シンガポールか、香港にとどまるか>

これまでのところ香港からの大規模な金融機関の流出は起きていない。扱いが難しい問題であり、多くが中国本土での事業拡大を望んでいることから、金融機関は香港脱出という緊急対応策の検討に慎重だ。

法律専門家やアドバイザーによると、金融機関が香港から流出した場合に最も恩恵を受けるのはシンガポールとなる公算が大きい。法人税率が17%と低く、企業に優しい環境が整い、既に金融センターとしての立場を確立しているためだ。

リスクコンサルタント会社コントロール・リスクスの在シンガポールアナリスト、ジェーソン・サリム氏は「人材を獲得しようと誰もが競っているが、人口や経済的な側面、事業のしやすさなどの点から、香港に最も近いのはシンガポールだ」と述べた。

(Alun John記者、Scott Murdoch記者、Anshuman Daga記者)

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ネクステラ、グーグルやメタと提携強化 電力需要増

ワールド

英仏独首脳、ゼレンスキー氏と会談 「重要局面」での

ビジネス

パラマウント、ワーナーに敵対的買収提案 1株当たり

ワールド

FRB議長人事、大統領には良い選択肢が複数ある=米
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...かつて偶然、撮影されていた「緊張の瞬間」
  • 4
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 5
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 6
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 7
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 8
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 9
    死刑は「やむを得ない」と言う人は、おそらく本当の…
  • 10
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中