コラム

日中衝突の今だからこそ中国語を学ぶ意味

2013年05月07日(火)09時00分

今週のコラムニスト:李小牧

〔4月23日号掲載〕

 歌舞伎町案内人の目から、思わず涙がこぼれた──。

 久々にヤクザとトラブルになって監禁されたわけでも、浮気が見つかって中国人妻にハイヒールで頭を殴られたわけでもない。2番目の日本人妻(私は4人と6回結婚している!)との間に生まれた「二男」(3人の息子の母親はみな別人だ!)がこの春、大学に入学したのだ。スーツ姿で入学式に出た息子の晴れ姿を見て、中国で小学校しか出ていない私はとても感動した。

 息子が入学したのは東京の国士舘大学。中国語・中国文学専攻だ。国士舘は戦前の右翼団体・玄洋社の流れをくむ私塾として創設され、一般的に右寄りの学校と思われている。「右」にやたら敏感な在日中国人の先輩の中には、「あの学校の『傾向』をキミはまったく理解してない!」と、マイクロブログの微博(ウェイボー)で私を批判する人もいた。

 ただ警察官への就職率こそ高いが、国士舘大学も今はごく普通の私立大学の1つにすぎない。右翼思想を授業や課外活動で露骨に押し付けられることなどない、と聞いている。今年の入学式で新入生代表として式辞を読んだのは、私の息子と同じ中国語・中国文学専攻の新入生だ。

 息子が中国語を勉強する学科に入ったのは、「中国人の息子である限り、中国語が話せるようになってほしい」という私の気持ちを酌み取ってくれたから。とはいえ、中国語を学ぶ日本人の数は3年前に尖閣諸島をめぐって中国と日本が大ゲンカを始めてから減り続けている。国士舘大学の中国語・中国文学専攻の受験生の数はここ3年で4分の3に減少。「中国語ジャーナル」という学習雑誌も、残念ながらこの春で休刊になった。

 日本人が中国語を勉強する熱意を失いかけているのは、ある意味当然だ。デモの暴徒が外国系のスーパーで大暴れし、警察が人権活動家を平気で弾圧し、共産党幹部がセックスする姿を映した写真や映像が次々とネットに流れる......そんな国の言葉を、学びたいと思う人が増えるほうが不思議というものだ。

■「Xデー」後は引く手あまたに

 ただし、こんな中国がいつまでも続くとは限らない。ずっと言い続けているが、中国人が4000年の歴史で初めて手に入れた自分たちのメディアである微博が、徐々に言論の自由を広げている。「結局は中国政府にコントロールされている」と考える悲観派もいる。もちろん一理あるが、私はあくまで楽観派。微博もビジネスとして儲けなければ成り立たないのに、政府の言いなりになって検閲を続ければ、いつかユーザーに見放される。

 巧みに政府とユーザーの間のバランスを取りながら、結果的に微博によって少しずつ自由が広がった中国で、人民の怒りに火が付く出来事が起きたら──。10年前のSARS(重症急性呼吸器症候群)で、胡錦濤(フー・チンタオ)政権は一歩間違えば「大火事」になるところだった。今回、上海近辺でくすぶっている鳥インフルエンザの流行だって、ひょっとしたら中国を変えるきっかけになるかもしれない。

 もし民主的で開かれた中国が新たに誕生したら、そのとき間違いなく必要になるのは中国語だ。今の調子で減り続けていたら、逆に「Xデー」のときに中国語ができる日本人はあちこちから引く手あまたになるだろう。

 私の息子は正直、勉強が好きな子供ではなかった。入試も、バレエ団での活動や子供時代のタレント活動が評価された部分が大きい。ただ、出身大学の名前だけで生きていける時代はとっくに終わった。大学に入学してから何をどう学ぶかで、将来も変わる。

 息子よ、キミはこれから4年間、大学でしっかり中国語と中国を学んでほしい。無事卒業した後は、自由になった中国で、父のように「案内人」をするのもいいかもしれない(笑)。

プロフィール

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・クォン・ヨンソク(一橋大学准教授)
・レジス・アルノー(仏フィガロ紙記者)
・ジャレド・ブレイタマン(デザイン人類学者)
・アズビー・ブラウン(金沢工業大学准教授)
・コリン・ジョイス(フリージャーナリスト)
・ジェームズ・ファーラー(上智大学教授)

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