コラム

過剰な「安心・安全」は、かえって安全をそこなう

2009年06月26日(金)12時24分

 25日の記者会見で、麻生首相は「安心社会」を政府のスローガンに掲げた。不況の中で、人々に不安が広がっており、政治がそれに対応するのも、ある意味では当然だろう。しかし「安心・安全」を理由にして政府が過剰に介入し、人々が保守的になると、不安はかえって悪化する可能性がある。

 その一つが、6月1日から施行された薬事法の改正だ。安全性のために「対面販売」が原則とされたため、ネット販売サイトでは薬剤師がいても、ビタミン剤など「3類」の薬しか売ることができない。他方で、コンビニでは薬剤師がいなくても「登録販売者」がいれば風邪薬などの「2類」の薬も売ることができ、買いに来たのが本人でなくても売ることができる。これでは「対面販売」の原則は破綻しているといわざるをえない。

「対面販売」が義務づけられているのは、薬だけではない。化粧品も「対面販売ができない」という理由で安売り店に出荷停止が行なわれたが、化粧品に対面販売が必要なのだろうか。また医師法でも対面でないと正式の診察はできないので、遠隔医療でいかに鮮明な画像を送っても保険診療はできない。

 こうした規制が、健康被害を防ぐ役割を果たしていることは事実かもしれない。しかし薬事法の改正について離島の人々が「薬を買う手段を奪われる」と抗議したように、かえって健康がそこなわれる場合もある。また「電子政府」によって医療ネットワークを充実しても、医師法の規制があるかぎり、くわしい診断はできない。日本の情報インフラは世界最高水準といわれるのに、それを使った遠隔医療は遅れている。

 新しい医療技術には、つねにメリットとリスクがある。それを役所が一方的に規制するのではなく、どういうリスクがあるかを患者に説明した上でインフォームド・コンセント(説明と同意)を得ることが必要なのではないか。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

〔アングル〕イラン核施設攻撃、 原油高騰の可能性 

ワールド

米がイラン核施設攻撃、トランプ氏「和平に応じなけれ

ワールド

米のイラン攻撃「危険なエスカレーション」、国連事務

ワールド

米のイラン核施設攻撃、米議員の反応分かれる 憲法違
MAGAZINE
特集:コメ高騰の真犯人
特集:コメ高騰の真犯人
2025年6月24日号(6/17発売)

なぜ米価は突然上がり、これからどうなるのか? コメ高騰の原因と「犯人」を探る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 2
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 6
    【クイズ】次のうち、中国の資金援助を受けていない…
  • 7
    ジョージ王子が「王室流エチケット」を伝授する姿が…
  • 8
    中国人ジャーナリストが日本のホームレスを3年間取材…
  • 9
    イギリスを悩ます「安楽死」法の重さ
  • 10
    ブタと盲目のチワワに芽生えた「やさしい絆」にSNSが…
  • 1
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 5
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 6
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
  • 7
    イタリアにある欧州最大の活火山が10年ぶりの大噴火.…
  • 8
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?.…
  • 9
    「アメリカにディズニー旅行」は夢のまた夢?...ディ…
  • 10
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 6
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 7
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story