民主主義社会は「愚か者の船」ではない

常識から出発しよう、しかも過去の歴史において覆ったことのない常識から。著しい経済格差は社会不安と社会的混乱の元凶であり、得てして動乱や戦争への道を拓いた。この格差を是正することは社会政策として要請されるだけでなく、人が平等に尊厳を保つためにも必要なことだ。

それだけではない。平等な尊厳を保つ人々によって健全な民主主義がはぐくまれる。

民主主義社会は、富裕を拒否はしないが誉めそやしもしない。だが、富裕の力がその力ゆえに特権化してはならない。民主主義社会は理由を問わず過度の貧困を放置しない。

私たちは,羅針盤が壊れた船に乗っている。海図はない。波は荒く、いつ座礁してもおかしくない。座礁してしまえば、私たちの運命は大きく狂ってしまう。船の運航は他人事ではなく、文字通り自分事なのだ。

だが、私たちの力は微々たるものだ。その無力感は民主主義社会の平等から来ている。微々たる力を寄せあわせなければならない。それは強制ではない。自発的な力でなければ意味がない。失望も過度の期待も不要だ。理由がどうあれ、船の運航に無関心でいることはできない。

私たちは、分断を乗り越えられないほど愚かではない。私たちは、己が乗った船を自ら壊すほど愚かでもない。この船が如何におんぼろであろうとも、そして今にも壊れそうであろうとも、だからと言って壊す理由にはならない。壊す代わりに補強しなければならない。それは補強するに値するものだからだ。

海図は私たちの前にはない。それは後ろにできる。民主主義社会は愚か者の船ではない。愚か者の船にしてはいけない。まだ遅くはない。座礁しないように、政治的指導者をよく監視しなければならない。

筆者は第一東京弁護士会所属の弁護士。大分県生まれ、一橋大学経済学部卒。1978年弁護士登録。日弁副会長、関東弁護士会連合会理事長、第一東京弁護士会会長などを歴任。

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