Andrew Osborn
[モスクワ 13日 ロイター] - 無料Wi-Fiとおいしいコーヒーがある人気の静かなカフェで、ロシア人インテリアデザイナーがVPN(仮想プライベートネットワーク)にログインしている。ロシア国内で遮断されている米国の通信アプリ「WhatsApp(ワッツアップ)」を使い、海外の友人らとチャットするためだ。
それが終わると、彼女はVPNをオフにした。位置情報を隠すツールの利用者を遮断しているロシア鉄道のウェブサイトで切符を購入するためだ。続いて2台目のスマートフォンを手に取ると、国が管理するアプリ「MAX」で顧客からのメッセージを確認する。
ロシア政府が今年に入ってインターネットへの統制を強めたことで、国民は監視をかいくぐるため、ますます手の込んだ手段を用いるようになった。
今回の統制はプーチン大統領の政権下で最大規模。銀行業務や交通、電子商取引を混乱させており、9月に下院選挙を控える中で人々をいら立たせている。政権寄りの野党や著名なブロガー、企業幹部らがそう証言しており、普段は政治と距離を置くインフルエンサーでさえ規制を批判している。
この不満は、物価上昇や増税、戦争疲れとも相まって、プーチン氏の支持率低下を招いたと見られている。政府系世論調査機関VTsIOMによると、支持率は2月の75.1%から4月には65.6%へと低下し、ロシアが2022年にウクライナに侵攻して以来で最低となった。現在は約67%だ。
当局は「デジタル主権」の確立を目指し、ロシア国民に対して外国製のアプリやサイトではなく、国家が支援するサービスの利用を促している。しかし、MAXは利用者の追跡に使われる可能性があるとの指摘があり、警戒するユーザーもいる。MAXを所有するIT大手VKはこうした懸念を否定している。
MAXは2台目のスマホに隔離しておく方が安全だと語るのは、インテリアデザイナーのイリーナさん(41)だ。
「もちろん面倒くさくて仕方がないが、他にやりようがない」と言いながらも「今では慣れてしまい、1日中VPNをオンにしたりオフにしたり、違うメッセージアプリを行き来したり、必要なアプリやサイトを使うために仮想上の国や携帯電話を使い分けたりして過ごす」と打ち明けた。
<VPNのダウンロード急増>
コンサルタント会社デジタル・バジェットのデータを元にロシア紙コメルサントが報じたところによると、3月だけでグーグルのアプリ市場「グーグルプレイ」における人気VPN上位5種類のダウンロード数は920万件と、前年同月の14倍に跳ね上がった。
ロシアのペスコフ大統領報道官は、同国がウクライナを巡って欧米と闘う中、ネット統制は不可欠だと繰り返し主張してきた。しかしプーチン氏は4月、議員らに「禁止や規制だけに焦点を当てるのは逆効果だ」と告げ、より柔軟な対応を指示した。
ペスコフ氏はロイターに対し「安全保障上の懸念から、インターネット規制が必要となった場面があったことは事実。脅威が排除されれば、規制は解除される」と述べた。
ウクライナ戦争の前、ロシアのネット環境には一定の自由があり、市民の外国製アプリ利用や欧米メディアへのアクセスを当局が妨害することは珍しかった。
しかし昨年以降、連邦保安局(FSB)はウクライナの攻撃ドローンに利用される可能性があるとして、ロシア各地の通信会社に対し、数日間にわたってモバイルインターネットを遮断するよう命じてきた。
通信監督機関のロスコムナゾールは「違法で過激なコンテンツのプラットフォーム」と見なすアプリやサイトの数を増やしており、当局は接続の遮断や通信速度の減速に乗り出している。
ワッツアップと対話アプリ「テレグラム」は、ロシアが安全性の低い官製アプリの利用を市民に強制していると非難してきた。
3月にはモスクワで3週間近くに及ぶ通信障害が発生。政権に近い情報筋や一部のアナリストによると、政権与党への票集めにネットやテレグラムを必要としていた高級官僚さえもいら立たせた。
情報筋によると、政府に忠実な高官らでさえVPNをダウンロードし、MAXを他のデジタル生活から切り離すために複数のスマホを持ち歩いている。
ある情報筋は、「たとえ悪いことをしていなくても、自分のメッセージをFSBに読まれたい人などいない」と話した。
<いたちごっこ>
ロシアにおいてVPNの使用自体は違法ではないが、ロスコムナゾールが何百種類ものVPNサービスへのアクセスを制限しているため、ユーザーは次々と新しいサービスをダウンロードするという「いたちごっこ」が続いている。
モスクワの独立系世論調査機関レバダ・センターによると、VPNを使用していると認めたロシア国民の割合は、2022年の23%から今年は36%に増加した。
VKは5月、昨年始動したMAXの1日当たりアクティブユーザー数が8500万人を超えたと発表した。
ロイターTVがモスクワで会社員や通行人合わせて6人前後にインタビューしたところ、半数はデジタル環境へのいら立ちをあらわにしたが、残りの半数は、もう慣れてVPNは使っていないと答えた。
国民の不満が高まる中、ロシア政府はここ数週間で姿勢を軟化させ、モバイルインターネットの遮断は一時的なものだと国民に訴えている。
ロシアメディアの報道によると、VPNユーザーを対象に、通信事業者が月15ギガバイト以上の海外データ通信を利用した顧客に追加料金を課す計画は、5月に延期された。実施は選挙後になりそうだという。
またプーチン氏は政府とFSBに対し、医療プラットフォームやオンライン決済システムなどの重要インフラが正常に稼働し続けるよう、連携して取り組むよう要請した。
しかしインテリアデザイナーのイリーナさんは、デジタルの生活が近い将来に楽になるとは期待していない。「ロシアには、一時しのぎほど長続きするものはない、ということわざがある」と彼女は語った。