コラム

フェイクニュースは戦争を起こす?!

2017年01月30日(月)18時00分

 しかし、フェイクニュースはこれらのプロパガンダやデマとは異なるものとして扱うべきであろう。というのも、プロパガンダは国家が意図的に情報操作をして、その正統性を高める手段として用いられるという特徴があり、またデマは人々を不安に陥れるとか、混乱させることを目的として発信者の自尊心や功名心を原動力に行われるものである。これらとは異なり、フェイクニュースは経済的な動機で行われるもの、という特徴がある。

 欧米、特にアメリカで話題となるフェイクニュースの多くは、ページビュー(PV)を稼ぐために記事が作られている。見出しが極端にセンセーショナルで、記事の中身はまったく裏取りや事実確認などないまま、でまかせやでっち上げの内容が羅列され、特定の人物を貶めたり、攻撃したりする内容にまとめられていることが多い。これらの記事は、伝統的なマスメディアの記事と形式的には似通っており、一見するとまっとうなニュース記事に見えるような作りになっている。また、時折、事実に基づいた記事を織り交ぜることで、どれがフェイクでどれが事実に基づく記事なのかが区別しにくくしている。

 こうした手段が用いられるのは、それをフェイクだと思わせずに多くの人に信じ込ませ、それを拡散することでPVを稼ぐことを目的としているからである。PVが増えれば広告収入が連動して上がり、それが発信者の儲けとなるからである。そのため、フェイクニュースを発信する人は何らかの政治的な意図や世論操作を目指しているのではなく、純粋に金儲けのためにやっているケースも少なからずある。

 昨年11月に掲載されたNew York Timesの「フェイクニュースのソーセージ工場の内部:全ては収入のため」という記事や、BBCが昨年12月に報じた「フェイクニュースで豊かになった町」といった記事ではジョージア(旧グルジア)やマケドニアなど、英語圏ではない場所で生活する若者が金のためにフェイクニュースを発信し、受けがよい記事をどんどん作り続けることで稼いでいる実態が明らかにされている。このように、デマやプロパガンダのようにはっきりとした政治的意図を持って事実ではない情報をまき散らす媒体も少なくないが、これらはある程度の政治的傾向が見られ、そのイデオロギーに染まった人であれば積極的に読むのであろうが、ある程度のリテラシーがあれば、そうしたプロパガンダやデマを避けることは可能である。それよりもわかりにくく、普通のウェブ上のニュース記事のように見えてしまう、金儲けを目当てとしたフェイクニュースはより見分けが難しく、それだけに信憑性のある記事として拡散してしまう可能性が高いのである。

 ただ、現実には純粋な金儲けを目当てにするフェイクニュースと、政治的意図を持って世論操作しようとするデマやプロパガンダの中間的な存在も数多くある。特にトランプ大統領の上級顧問となったスティーブン・バノンという人物が率いていた「ブライトバート・ニュース」に代表される「オルタナ右翼(Alt-Right)」と呼ばれる媒体は、反エスタブリッシュメントや反リベラルのイデオロギーを掲げつつも、見た目はニュース媒体のような体裁をとり、全くのでっち上げによるフェイクニュースと、それなりに事実に基づいた記事とを混在させている。そのフェイクニュースの記事は外部から金儲けでやっている発信者から買うといったことも少なくない。そうしたハイブリッドのような媒体が、さらにフェイクニュースの拡散を可能にしている。

【参考記事】トランプ次期大統領とともに躍進する右派ニュースサイト「Breitbart」

フェイクニュースが拡散するメカニズム

 上述したように、フェイクニュースはPVを目当てに、センセーショナルで人が信じてしまいそうな嘘を流すものである。しかし、もし人々がそうしたフェイクニュースに対して警戒心を持ち、事実だけを知りたいと思っていれば、こうした記事はつじつまが合わないところや、常識で考えて無理だと判断し、その嘘がばれる可能性もある。しかし、それらが嘘だとばれずに拡散され続けるのは、そこに「こういうニュースが読みたい」という受け手のニーズがあるからである。フェイクニュースを発信する側も、そうしたニーズをくみ取って、彼らに受け入れられやすいような内容の嘘を垂れ流すのである。

 たとえば米大統領選の期間中に、ワシントンDCのピザ屋さんで民主党幹部が児童売春を行っているというフェイクニュースが流れ、それに憤った人物が実際にそのピザ屋さんを銃撃したという事件が起こった。これは民主党に対してよく思わない人たちや、エスタブリッシュメントに対して憎悪を抱く人たちをターゲットにしたフェイクニュースだったわけだが、それが本当のニュースだと信じられた結果起きた悲劇であった。

【参考記事】偽ニュース、小児性愛、ヒラリー、銃撃...ピザゲートとは何か

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米上院共和党、EVの新車税額控除を9月末に廃止する

ワールド

米上院、大統領の対イラン軍事力行使権限を制限する法

ビジネス

バフェット氏、過去最高のバークシャー株60億ドル分

ビジネス

トランプ大統領、「利下げしない候補者は任命しない」
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 3
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急所」とは
  • 4
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 5
    富裕層が「流出する国」、中国を抜いた1位は...「金…
  • 6
    ロシア人にとっての「最大の敵国」、意外な1位は? …
  • 7
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 3
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々と撤退へ
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 7
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 10
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story