最新記事
坂本龍一

同じニューヨークで暮らした大江千里が、坂本龍一への追悼文を緊急寄稿「教授、また会う日まで」

TRIBUTE TO MY PROFESSOR

2023年4月13日(木)18時20分
大江千里(ニューヨーク在住ジャズピアニスト)

ニューヨークで演奏する坂本(左、1998年2月)と大江(右、2016年7月)。80年代から縁が続いた PND RECORDS & MUSIC PUBLISHING INC., EBET ROBERTS/GETTY IMAGES

<「教授」が愛車のボルボで迎えに来てくれた思い出から、3時間に及ぶLINEでの会話まで、大江千里が坂本との思い出をつづった>

インスタグラムを開くと、よく知っているアメリカのレコード会社の女性とヨーロッパのミュージシャンが哀悼の意を示していた。投稿には1952年1月17日―2023年3月28日とある。嫌な予感がして僕は画面を閉じた。ずっと心の隅で恐れていた。必死で目をそらそうとした。

この日、春の嵐の強い風が吹くニューヨーク・ブルックリンの屋外へスリッパのまま飛び出ると、少し日が長くなった空に白く丸い月が浮かぶ。目の縁がにわかに熱くなり、鼓動が激しくなる。

それは熱を持ったまま膨らんだ。しかし頰を伝わらずギリギリ目の縁にたまったまま。僕は空を向き、落ちないように用心深く歩いた。

坂本龍一さんに初めて会ったのは1983年の4月、ちょうど今日のような日だった。僕のデビューアルバムをプロデュースしてくださったギタリストの大村憲司さんが「YMO」のツアーサポートをされていた縁で、ある日レコーディングスタジオで憲司さんがこう告げた。

「アッコちゃん(矢野顕子さん)が俺が渡した千里のカセットを気に入ってくれて、教授にいいよ!って聴かせたら、今度ラジオに来ないかって言ったの。一緒に呼ばれるかもしれないぞ」。僕は教授が参加していた「KYLYN」というバンドが以前から大好きだったので、「ええ?」と心臓が飛び出そうだった。

呼んでいただいたラジオ番組はNHK「サウンドストリート」。収録は509スタジオで大きな場所だったが、遮音板が四方に張り巡らされて僕たちがしゃべる空間自体は親密だった。憲司さんはご自身のソロアルバム『外人天国』、僕はデビューアルバムの『WAKU WAKU』について話した。

まだデビューする直前の僕に、教授は終始穏やかで優しかったが印象としてはどこかゴツゴツしていた。飾らない言葉をストレートに放つというか。それからもちろん会う機会はなかったが、それは当然で、憲司さんがいなかったら会えなかったのだから、あれは奇跡だったのだと自分に言い聞かせた。

88年、出会いから5年ほどたったある春の日、ベイビーグランド(小型のグランドピアノ)の足元に置いた電話が鳴った。留守番電話に「もしもし、坂本です。今度薬師丸ひろ子さんに曲を書いたんだけど千里くんに詩を書いてもらいたくて電話しました。返事を下さい」という声が聞こえてきた。

慌てて「本当に教授ですか?」と受話器を取ると「そうだよ」とあのときと同じ飾らない声が。それから僕は、教授が送ってくれたデモを擦り切れるほど聴き「ふたりの宇宙」という詩を書き上げると、「いいねこれ。好きだよ。ありがとう」と言ってくれた。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英米、原子力協力協定に署名へ トランプ氏訪英にあわ

ビジネス

中国経済8月は減速、生産・消費が予想下回る 成長目

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ワールド

米中マドリード協議、2日目へ 貿易・TikTok議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中