最新記事
坂本龍一

同じニューヨークで暮らした大江千里が、坂本龍一への追悼文を緊急寄稿「教授、また会う日まで」

TRIBUTE TO MY PROFESSOR

2023年4月13日(木)18時20分
大江千里(ニューヨーク在住ジャズピアニスト)

90年代、教授がニューヨークに引っ越されてから僕も『APOLLO』というアルバムのレコーディングでニューヨークに2カ月ほど滞在した。そのとき教授に電話して「会いたいです」と告げたのだ。よく勇気があったなと思うけれど、教授は「いいよ。じゃあ、ホテルへ車で迎えに行ってあげるよ」と滞在先までボルボを運転して来てくれた。

どこか硬くてゴツゴツしているのにオシャレなその車は、ニューヨークのバンプの多い道を何度も跳びはねながらアッパーウエストのレストランへ到着した。最初の教授の印象とどこか重なってうれしくなった。

「ここは面白いよ。ほらごらん」。教授が指差すより速くミニスカートにエプロン姿、ローラーブレードを履いた女の子がオーダーを取りにやって来た。びっくりしている僕に「くすっ」と笑う教授は、淡々とハンバーガーを頼む。僕も慣れない英語のメニューを必死に追って自分の分のバーガーを頼んだ。

音楽の話を夢中でし続けているとあっという間に夕方になった。「ちょっと歩かない?」と教授が言うので、「いいですね」とセントラルパーク横の道を並んで歩いた。本屋に寄る。そこは雑然としたアートや音楽系の雑誌が山積みの店だ。

思い思いの雑誌を立ち読みしていて不意にあるものを見つけて教授を呼んだ。「教授が表紙の雑誌が出てますよ、ほら」「え? どこどこ?あ、本当だ」。僕の手元をのぞき込むと「買っちゃおう」って少年のように手に取り、「千里くんも好きなの買っていいよ。僕がまとめて払うからさ」と、ペロッと舌を出した。

遠慮しろよと思うけど、僕は1冊「スピン」という音楽雑誌を「ありがとうございます」と言って、教授に渡した。

この日の出来事がきっかけで僕はニューヨークにアパートを借りた。どうしても胸の奥にあるモヤモヤをそのままにして日本へ帰るのが嫌だったのだ。この地に身を置いてチャレンジしたい。英語も音楽も。そして僕の最初のニューヨークのアパート生活が始まった。

ある日、たまたまイーストビレッジを歩いていると1人のグレイヘアーの男性がクオーターコインを路上パーキングに入れるところに出くわした。車は見覚えのあるボルボだ。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英米、原子力協力協定に署名へ トランプ氏訪英にあわ

ビジネス

中国経済8月は減速、生産・消費が予想下回る 成長目

ワールド

中国は戦時文書を「歪曲」、台湾に圧力と米国在台湾協

ワールド

米中マドリード協議、2日目へ 貿易・TikTok議
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 3
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人に共通する特徴とは?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 6
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 7
    電車内で「ウクライナ難民の女性」が襲われた驚愕シ…
  • 8
    【動画あり】火星に古代生命が存在していた!? NAS…
  • 9
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 10
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベー…
  • 1
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 2
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中