最新記事

バイオテック

史上初、ヒトとサルのハイブリッドの初期胚を培養 倫理的に問題に

2021年4月19日(月)18時00分
松岡由希子
ヒトとサルのハイブリッドの初期胚

中国と米国の科学者が、サルの胚にヒト幹細胞を注入した......  (Weizhi Ji, Kunming University of Science and Technology)松岡由希子

<米ソーク研究所と中国・昆明理工大学の共同研究チームは、サルとヒトとの遺伝子型の細胞が混在する「キメラ」の胚を培養し、受精から最長19日間、成長したことを明らかにした...... >

サルの胚にヒトの幹細胞を注入して実験室で人工的に培養された、サルとヒトとの遺伝子型の細胞が混在する「キメラ」の胚が、受精から最長19日間、成長したことが明らかとなった。

サル胚にヒト幹細胞が接着して胚盤が見えるまでに成長

米ソーク研究所と中国・昆明理工大学の共同研究チームは、受精から6日経ったカニクイザルの初期胚盤胞132個にそれぞれヒト多能性幹細胞25個を注入し、経過を観察した。

受精から10日後、そのうちの92.8%にあたる111個のサル胚にヒト幹細胞が接着して胚盤が見えるまでに成長したが、17日後にはその数が12個に減少し、19日後まで生存していたのは3個のキメラ胚のみであった。一連の研究成果は、2021年4月15日、学術雑誌「セル」で発表されている。

さらに研究チームは、キメラ胚のゲノム解析を行い、ヒト胚やサル胚と比較した。その結果、キメラ胚の細胞には特有の遺伝子発現プロファイルがあり、キメラ胚で特異に強化された細胞シグナル伝達経路や、キメラ胚で特に豊富な新たな細胞シグナル伝達経路も確認された。キメラ胚の内部でヒトとサルの細胞間コミュニケーションが起こったためではないかとみられている。

ソーク研究所では、この研究に先立ち、2017年1月、「ブタの胚にヒト多能性幹細胞を注入し、ブタとヒトのキメラ胚を作製した」との研究成果を発表したが、ヒト細胞のキメラ形成への寄与はわずかであった。ブタは、進化上、ヒトと遠い種であることが原因ではないかと考察されている。

●参考記事
サルの細胞を持つブタが中国で誕生し、数日間、生存していたことが明らかに

「生物医学研究を前進させるうえで非常に有用だ」と研究者

研究論文の責任著者でソーク研究所のホアン・カルロス・イズピスア・ベルモンテ教授は「キメラの研究は、生物医学研究を前進させるうえで非常に有用だ」と説く

ヒトに近縁な非ヒト霊長類のカニクイザルを用いた今回の実験では、ヒト多能性幹細胞が、受精から19日後まで、サル胚の発達に組み込まれていた。また、キメラ胚の内部でヒトとサルの何らかの細胞間コミュニケーションがあることもわかった。研究チームは、一連の研究成果が「ヒトの細胞がどのように発達し、統合するのか」、「異種の細胞が互いにどのようにコミュニケーションするのか」を解明する手がかりになると期待している。また、ベルモンテ教授は、部分的にサル、部分的にヒトの胚で動物を作ろうとするつもりはなく、そのような種で人間の臓器を育てようとするつもりはない、と強調する。

「ヒトとヒト以外のキメラというパンドラの箱を開けた」

しかしながら、倫理上の観点から、今回の実験に懸念を表明する研究者も少なくない。米スタンフォード大学のヘンリー・グリーリー教授は、「新たな科学的可能性だけでなく、重要な倫理的問題をも生み出すものだ」との意見文を発表

英オックスフォード大学のジュリアン・サヴレスキュー教授も、英国放送協会(BBC)の取材に「この研究は、ヒトとヒト以外のキメラというパンドラの箱を開けた」と語った。また、スペインのポンペウ・ファブラ大学の発生生物学者アルフォンソ・マルティネス・アリアス博士は、科学誌「ネイチャー」で「ブタやウシといった家畜を用いた実験のほうが有望であり、倫理的な問題が生じるリスクも少ない」と指摘している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

日経平均は続伸で寄り付く、米株高を好感 半導体株上

ワールド

米下院議長ら、トランプ氏の公判傍聴 「選挙妨害」と

ワールド

ウクライナ軍、ハリコフ州2地域で部隊後退 ロシアが

ビジネス

訂正(13日配信記事)-〔アングル〕米株式市場、反
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プーチンの危険なハルキウ攻勢

  • 4

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 7

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 8

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中