最新記事

インタビュー

「正しさ」から生まれた「悪」を直視する──哲学者・古賀徹と考える「理性と暴力の関係」

2020年7月30日(木)16時40分
Torus(トーラス)by ABEJA

Torus 写真:渕上千央

福岡・博多湾を臨む米軍ハウスに暮らす哲学者、古賀徹さん。

理性がときに暴力性を帯びる問題を、日本社会の事象や自身の人生から考察した「理性の暴力 日本社会の病理学」の著者です。

古賀さんは、「多数派の人たちが『これが善だ』と思っているところから『悪』は汗のように分泌されてくる」といいます。

「労働も、生産も、医療も、防災も、防衛も、ありとあらゆるものが高度に理性化されている。にもかかわらずそこには意図せざる暴力がなぜか湧き出てくるのである」(『理性の暴力』から)

自著などで綴られる言葉の数々や語りを行きつ戻りつしながら、古賀さんの言う、理性と暴力の関係を考えます。

◇ ◇ ◇


暴力とは一時の感情において、もしくは自分の利益のみを考慮して、他者の精神や身体を傷つける行為であり、その暴力を抑止して平和と共存を作り出すものが理性である。(中略)

しかしながら今日、こうした枠組みは疑問に曝されている。なぜなら学が発達し、法が整備され、教育が普及し、社会が合理的に組織されればされるほど、まさにその合理性を通じてあらたな暴力が胚胎し、人々がそれに苦しめられているからである。(『理性の暴力』 序章より)

古賀:哲学が、一番大事にしているのは「真理」です。「真理」を僕なりに説明すると、「在るものを『在るもの』として示すこと。在るのに無いフリをしないこと」だと思っています。とはいえそこに「在るもの」に気づくことができるのは、自分の思い込みが壊れることによるのです。「あ、そうだったのか!」とそれまでの思い込みが壊れることで、はじめてそこに「在るもの」が見えてくる。

Koga_2.jpg

古賀:哲学者は哲学書を読むのが仕事ですが、外界の常識に囚われて「こういうものだ」という思い込みの中で生きている間は、テキストはまったく読めません。哲学書が難しいのはそのせいなのです。言葉の意味も論の運びもそのテキスト独自のものです。外界に対応してはいますが、しかしそこから切り離された小宇宙を形成しています。それでもそれにかじりついているうちに「もしかしたらこの哲学者の言葉は、こういうことを言っているんじゃないか」とうっすら分かるようになってくる。

そしてあるとき、自分の中に根を張っていた常識が突然崩れ、テキストが言わんとしていることが、洪水のようにドドーッと頭に流れ込んできて、モノの見方が完全に書き換えられる瞬間がやってきます。

──なかなかにハッピーな瞬間ですね。

古賀:ええ、なかなかにハッピーでスリリングな体験です。ただ、ある哲学者の言っていたことが分かったら、今度は分かっていたつもりの別の哲学者の言葉がどうにも腑に落ちなくなる...まあ、その繰り返しです。

一方、哲学とともによく挙げられるものに、倫理(ethics)がありますが、これを分かりやすく説明すると、人間や社会を「いい状態」で存続させていくための道徳的規範 とも言えます。ただこの規範を放っておくと、そのうちやっかいなことになっていきます。

──というと?

古賀:「こういうことを今どき言うのはちょっとマズイんじゃないの?」「こういうのが正しいよね」といった規範が固定化していくのです。それがなぜマズイのか、そもそもそれは本当にマズイのかを自ら考えていくことをやめると、そこに枠組みの固まった、いわゆる「テンプレ倫理」が増殖していく。そのとき、「正しさ」「道徳」「倫理」といわれる善きものから「悪」が分泌されてくるのです。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ネットフリックス、広告付きプラン利用者が4000万

ビジネス

アングル:ミーム株復活に歓喜といら立ち、21年との

ビジネス

ジャクソンホール会議、8月22─24日に開催=米カ

ビジネス

米国株式市場=最高値更新、CPI受け利下げ期待高ま
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中