最新記事

脳科学

謎の大富豪が「裸の美術館」をタスマニアに造った理由

2017年6月19日(月)17時20分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

 ウォルシュは多くの点で型破りだが、一点だけ、いたって正常な要素があり、それは健全な精神の持ち主の誰にも共通している。ある意味、私たちは誰でも何かを創造したら、それに基づいて他人が行動してくれるよう願う。こちらから提供されたものを読み、聴き、好きになり、購入し、他人に推薦してくれることを望む。要するに他人の選択に影響をおよぼしたいと考える。しかし、今日の社会は競争が激しく複雑で、様々な雑音が耳に入って来る。そんな時代に、どうすれば自分の有利になる行動を相手から引き出せるのだろうか。

 相手の行動を促すためには、これまで見過ごされてきた変数を利用すればよい。その変数とは、記憶である。

◇ ◇ ◇

上記は、『人は記憶で動く――相手に覚えさえ、思い出させ、行動させるための「キュー」の出し方』(カーメン・サイモン著、小坂恵理訳、CCCメディアハウス)の第1章からの抜粋。

カジノで大儲けしたウォルシュは、美術品の収集にのめり込み、ほどなくして自宅が美術品であふれ返る。ある日、高価な作品のひとつを飼い猫が壊してしまい、それでウォルシュは膨大なコレクションを開放すべきだと考えるようになった。最初に平凡な美術館を建てたが、「どうすればみんなが来館してくれるだろう」「どんなものが記憶に残るだろう」などと考え、その後、この型破りなMONAをオープンすることになったのだ。

人の行動の9割は記憶に基づくという。しかし、記憶は時間の経過とともに失われるもの。そこで、忘れられない記憶を人に植え付け、人を動かすにはどうしたらいいか、その方法を認知科学者のカーメン・サイモンがまとめたのが本書だ。

MONAでは、「記憶に関するあらゆる取り組みにおいて、来館者の条件反射と習慣と目標が考慮されている」とサイモンは書く。その結果、来館者がひとつの作品の前で鑑賞する時間は平均の6倍以上、美術館での滞在時間が5時間に及ぶケースも多く、30%は翌日もやって来るという美術館になった。対して、アメリカの100の美術展の平均滞在時間は20分である。

ビジネスにおいても、いかに顧客に自社の商品やサービスを記憶してもらい、消費行動を取ってもらうかが重要だ。本書ではAdobe、AT&T、マクドナルド、ゼロックスなどの大企業を顧客に持つ著者が、脳科学に基づく実践的なテクニックを紹介している。

【参考記事】脳科学でマーケティングは進化する

このシリーズでは本書から一部を抜粋し、4回に分けて転載する。次回は、記憶に影響を及ぼす15の変数を取り上げる。

※第2回:顧客に記憶させ、消費行動を取らせるための15の変数


『人は記憶で動く――相手に覚えさえ、思い出させ、
 行動させるための「キュー」の出し方』
 カーメン・サイモン 著
 小坂恵理 訳
 CCCメディアハウス

【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガリニューアル!
 ご登録(無料)はこちらから=>>

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CPI、4月は前年比+2.3%に鈍化 前月比0.

ワールド

ウクライナ大統領、プーチン氏との直接会談主張 明言

ビジネス

ソフトバンクG、1―3月期純利益5171億円 通期

ビジネス

日産、再建へ国内外の7工場閉鎖 人員削減2万人に積
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:2029年 火星の旅
特集:2029年 火星の旅
2025年5月20日号(5/13発売)

トランプが「2029年の火星に到着」を宣言。アメリカが「赤い惑星」に自給自足型の都市を築く日

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映った「殺気」
  • 3
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王子との微笑ましい瞬間が拡散
  • 4
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 5
    「出直し」韓国大統領選で、与党の候補者選びが大分…
  • 6
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 7
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 8
    「がっかり」「私なら別れる」...マラソン大会で恋人…
  • 9
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 10
    ロシア艦船用レーダーシステム「ザスロン」に、ウク…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つの指針」とは?
  • 3
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの運動」とは?
  • 4
    5月の満月が「フラワームーン」と呼ばれる理由とは?
  • 5
    部下に助言した時、返事が「分かりました」なら失敗…
  • 6
    カヤック中の女性がワニに襲われ死亡...現場動画に映…
  • 7
    シャーロット王女の「親指グッ」が話題に...弟ルイ王…
  • 8
    ゴルフ場の近隣住民に「パーキンソン病」多発...原因…
  • 9
    母「iPhone買ったの!」→娘が見た「違和感の正体」に…
  • 10
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 1
    心臓専門医が「絶対に食べない」と断言する「10の食品」とは?...理想は「1825年の食事」
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    脂肪は自宅で燃やせる...理学療法士が勧める「3つの…
  • 5
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 6
    健康は「何を食べないか」次第...寿命を延ばす「5つ…
  • 7
    「2025年7月5日に隕石落下で大災害」は本当にあり得…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    【クイズ】世界で2番目に「軍事費」が高い国は?...1…
  • 10
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中