最新記事

新冷戦

ロシアがドイツに仕掛けるハイブリッド戦争

2016年6月2日(木)19時00分
ルース・フォーサイス(米シンクタンク大西洋協議会)

 ロシアは事実をねじ曲げるだけなく、露骨に「証拠」を捏造する。

 最近の「リサ事件」によってそれが証明された。ロシア語を話すドイツの女性が行方不明になり、難民たちにレイプされた事件を隠蔽したとして、ロシア政府がドイツ政府を非難したのだ。ドイツ警察は、少女はレイプされておらず、少女の失踪に難民はかかわっていないと主張したが、この作り話により、ドイツのロシア人たちによる激しい抗議運動が起きた(のちに少女自身が暴行は嘘だったと話した)。

 この偽情報キャンペーンにはロシア高官も参加した。ロシアのセルゲイ・ラブロフ外相が、この少女のことを「われらの少女」と呼んだのだ。同外相は1月に、「ドイツにいるロシア国民の保護はロシア外交政策の関心事だ」と言明していた。

 サイバー戦もある。2015年4月に起きたドイツ連邦下院に対する大規模なサイバー攻撃を、ドイツ当局は「ロシアの軍情報機関」によるものだとした。ロシアのハッカーがドイツの主要サーバー14台にアクセスし、ドイツ連邦議会に属するデータにアクセスしたというのだ。他にも、ドイツの軍需企業などに対するサイバー攻撃は近年、相次いでいる。

国益に反する懐柔策

 ドイツ政府は、ロシアのこうした陽動作戦を取り合わず、プーチンを刺激しないよう努力しており、他の西側諸国に対してもロシアとの妥協を促している。

 ロシアの利益にかなった妥協を探り続けるドイツの方針は4月にNATOロシア理事会が2014年4月以来初めて開催されたことからもわかる。NATOは2年前、ロシアのクリミア併合を受けてこの理事会を中断していた。ウクライナではロシアの軍事介入が続いているにもかかわらず理事会が開催されたのは、ドイツがそれを望んだからだ。

 また最近は、ロシアを加えたG8を再開することへの支持も明らかにしている。

 だが、批判を控えてロシア政府を満足させるというドイツの方針は、ドイツの国益と矛盾している。

 ロシアは、ドイツを傷つけ、不安定化し、メルケル政権を弱体化することに積極的だ。しかしドイツは、ロシアによる意図的で有害な活動を軽視し、ウクライナでロシアの侵略が続いているにもかかわらず妥協し、自国の安全への重大な脅威に知らん顔をしている。

 欧州のリーダーとして、ドイツには、ロシアの有害な活動に対して適切に対処する責任がある。ドイツは、脅威を脅威として明確に認識しないことで、ロシアばかりでなく他の欧州の国々や同盟国に対しても誤ったメッセージを送っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=ダウ6連騰、S&Pは横ばい 長期金利

ビジネス

エアビー、第1四半期は増収増益 見通し期待外れで株

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、金利見通しを巡り 円は3日

ビジネス

EXCLUSIVE-米検察、テスラを詐欺の疑いで調
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増すばかり

  • 4

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 7

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中