最新記事

中東

シリア和平は次の紛争の始まりに過ぎない

凄惨な内戦に終止符を打つ機運が高まっているが、中東では和平は平和を意味しない

2016年3月1日(火)19時00分
エマニュエル・カラジアニス

奇跡の復活 ISISなどの攻勢で、カダフィと同じ運命をたどると思われたアサド SANA-REUTERS

 19世紀プロセインの軍事戦略家、カール・フォン・クラウゼビッツが名著『戦争論』のなかで言及したことでよく知られる「戦場の霧」(The Fog of War:戦闘における不確定要素)を、われわれは中東ではっきりと目にすることができる。

「アラブの春」がシリアにおよんだ2011年、西欧諸国の政策立案者とアナリストの大半は、バシャル・アサド政権の力を過小評価し、シリア政府軍は早晩敗走するだろうと考えた。アサドがリビアの元指導者ムアマル・カダフィと同じ運命を辿り、憎むべき独裁者として国民に打倒されることになるだろうと予想したのだ。

 だがアサド政権には、思いがけないほど多くの味方がいた。イスラム少数派のアラウィー派やキリスト教徒、都市を基盤とするスンニ派などを動員し、生き延びてしまいそうだ。レバノンの過激派組織ヒズボラやイランもアサドに肩入れし、反政府武装勢力との戦いを率いてきた。イランに至っては、アフガニスタンやパキスタンからもシーア派民兵を連れてきてシリアの戦場に投入してきた。そして最後は、ロシアの反政府武装勢力に対する空爆に救われた。

【参考記事】ISとの戦いで窮地、アサド「兵が足りない」

 シリアでは先週末、米ロ主導の停戦が5年ぶりに成立したが、和平交渉の先行きもまた霧の中だ。欧米の大国やロシア、多くの近隣諸国(トルコ、イラン、サウジアラビア、ヨルダン、レバノン、イスラエル)、半自治組織のヒズボラ、ISIS(自称「イスラム国」、別名ISIL)やアルカイダなどのジハード組織を巻き込んだ一大地域紛争と化している。これほど多くの国や組織が関与する紛争で、和平交渉がそう簡単にうまくいくわけはない。

シリアは第2のボスニアになる

 シリア=ロシア=イランの枢軸は、部分的な勝利を確信しているようだ。アサド政権は、アレッポなどの重要な中心都市での支配を取り戻しつつある。ロシア空軍と百戦錬磨のシーア派戦闘員のおかげで、シリア政府は優位な立場で今後の交渉に臨めるだろう。だが、アサドが以前の体制に回帰できると期待しているとしたら、それは愚かな考えだ。シリアは第2のボスニアとしてしか生き延びられない。シリアを待ち受けているのは、激しい民族紛争の果てに、民族ごとに国土を分割統治することになったボスニアと同じ運命をたどることになるだろう。

 大国の間では、シリア内戦を現在と同じ壊滅的な規模では継続させられないとする新たな認識も生まれている。停戦を本格的な和平につなげる強い意欲を示している。米国とロシアが、新たな「サイクス・ピコ協定」(1916年に英国とフランスの間で結ばれた秘密協定で、オスマン帝国の分割につながった)を締結しようとしているというのは言いすぎだとしても、中東に新たな勢力バランスが築かれつつあるのは明らかだ。シリアは今後も部分的にロシアの影響下に置かれ、米国はイラクで強力な存在感を維持していく可能性が高い。

【参考記事】シリア問題、米ロ協調のシナリオはあるのか?

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国投資家、転換社債の購入拡大 割安感や転換権に注

ワールド

パキスタンで日本人乗った車に自爆攻撃、1人負傷 警

ビジネス

24年の独成長率は0.3%に 政府が小幅上方修正=

ビジネス

ノルウェー政府系ファンド、ゴールドマン会長・CEO
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中