最新記事

財政危機

ギリシャ極右の危険な躍進

国民の不満を移民に向けるネオナチ政党が議会入り

2012年8月2日(木)16時38分
バービー・ラッツァ・ナドー

国政進出を祝う極右「黄金の夜明け」の党員たち Grigoris Siamidis-Reuters

 気温30度を超えたむっとする暑さの中、尿と汗の混じった臭いが開いた窓から漂ってくる。窓には汚れたメッシュのカーテン。その下には、水が半分入ったペットボトルが置かれている。

 ここはギリシャの首都アテネ中心部のフィリス通りにあるアパート。不法移民20人以上が暮らし、4つの寝室で交代で睡眠を取る。中の様子を聞かれた男は「路上よりはまし」と答えた。

 数ブロック行くと半開きのドアが並んでいる。ドアの上の裸電球が点灯していれば売春宿は営業中だ。いろんな民族や年齢の女たちが窓から顔をのぞかせる。観光客の訪れない市内のこうした場所で、推定100万人の不法移民が働きながら暮らす。

 近頃のアテネは移民にとって危険な町だ。極右政党「黄金の夜明け」が躍進した5月の総選挙以来、移民を標的とする襲撃事件が倍増。アフガニスタン系移民団体の代表レザ・ゴラミも日刊紙に「状況は悪化している。殴打事件が毎日起きている」と語っている。

 5月31日の夜には、ネオスコスモス地区の通りに立っていたアルバニア人男性が、オートバイに乗った覆面男に剣で刺され、胸から背中へ貫通する大けがを負った。その20分後にも、同じ界隈でポーランド人男性2人が刃物で切り付けられた。翌日には市内の地下鉄駅で、バングラデシュとパキスタン出身の男性が刃物で襲われた。

 ネオナチ政党ともいわれる「黄金の夜明け」は6月の再選挙で得票率6・92%、18議席を確保。すべての移民を国外追放し、国境地帯に地雷を敷設するという過激な公約にもかかわらず、初の議会入りを決めた。

 6月初めには生中継のTV番組で、党広報担当のイリアス・カシディアリス議員が討論相手の女性議員にコップの水を浴びせ、別の女性議員を平手打ちする暴挙に出た。それでも一部国民の強い支持は変わらなかった。

犯罪も失業も移民のせい

 再選挙の日の夜、ニコラオス・ミハロリアコス党首は「今日の投票で、国粋主義運動が浸透していることが示された。黄金の夜明けはギリシャの将来を象徴している」と語った。そのときの机上には、ナチスを連想させる鷲の像が置かれていた。

 実際、不法移民を不快に思う国民は多い。イタリアやマルタが昨年、主に北アフリカ難民の流入防止策を強化したため、ギリシャはアフリカ、アジア、中東から欧州へ渡る移民の玄関口になった。EUの欧州対外国境管理協力機関FRONTEXによると、今や欧州の不法移民の90%近くがギリシャ経由だ。

 昨年、ギリシャへ不法入国した移民は13万人。そのせいで犯罪が急増し、彼らが闇市場における不法就労の担い手となっているために失業率が上昇した、と非難の声が上がっている。

 4月には、1000人収容可能な不法移民仮収容所がアテネ西部に開設された。収容者はいつか本国に送還される。そこに入り切らない人々はアテネや海岸沿いの町々で路上生活を送りながら、農場や漁船で働く。

 再選挙の前週、ピレアス港付近の自宅を暴徒に襲撃されたエジプト系3世の漁師(28)は、あごと鼻を骨折する大けがをした。当局によれば彼は合法的な居住者で、税金も納めてきた。子供3人は近くの学校に通い、妻は地元の薬局に勤めている。

 事件の翌日、「黄金の夜明け」のイリアス・パナギオタロス候補は支持者に、ギリシャをよそ者から取り返すための戦争が始まったと宣言した。「われわれが議席を獲得したら、病院や幼稚園を強制捜査して移民とその子供を路上に放り出す。空いた場所はギリシャ人のものだ」

[2012年7月 4日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ポーランド鉄道爆破、関与の2人はロシア情報機関と協

ワールド

米、極端な寒波襲来なら電力不足に陥る恐れ データセ

ビジネス

英金利、「かなり早期に」中立水準に下げるべき=ディ

ビジネス

米国株式市場=S&P4日続落、割高感を警戒 エヌビ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中