最新記事

リビア

看護師が独白「私が世話したカダフィ」

リビアを脱出した取り巻きのウクライナ人の女性看護師が語る、独裁者の知られざる素顔と「ハーレム」の実情

2011年5月23日(月)13時14分
オクサナ・バリンスカヤ

パピクへの思い 「彼は私の裏切りを許してくれないと思う」と話すバリンスカヤ Joseph Sywenkyj for Newsweek

 リビアのムアマル・カダフィ大佐の看護師になったのは21歳のとき。彼が雇った女性看護師は全員ウクライナ人だった。私もウクライナ育ち。アラビア語は話せず、リビアとレバノンの違いさえ分かっていなかったけど、パピク(ロシア語で「小さなパパ」、私たちは彼をこう呼んだ)はとても優しかった。

 欲しい物は何でも手に入った。家具付きの寝室2部屋のアパート、電話をすればすぐに来てくれる運転手。でもアパートには盗聴器が仕掛けられ、私生活は常に監視されていた。

 最初の3カ月は宮殿に入れなかった。パピクは奥さんのソフィアの目を気にしていたみたいだった。看護師の仕事は雇い主の体を守ること。彼は素晴らしく健康だった。脈拍も血圧も、実年齢よりはるかに若い。

 チャドやマリ訪問時は、感染症の予防に手袋をはめてもらった。宮殿でも庭で日課のウオーキングをしてもらい、予防接種も欠かさず、血圧も決まった時間に測った。

 ウクライナのメディアは私たちを「カダフィのハーレム」と呼んだが、根も葉もないデマだ。彼の愛人になった看護師なんかいない。私たちがパピクに触れるのは血圧を測るときだけ。

カセットで音楽を聴き、1日に何度も着替える

 パピクの友人のシルビオ・ベルルスコーニ伊首相は女好きだけど、パピクは彼よりずっとまとも。確かに看護師を容姿で選んでいたけれど、パピクはただ美しい人や物に囲まれているのが好きなだけ。

 彼は私と握手し、目をのぞき込んで、居並ぶ候補者の中から私を選んだ。後になって、彼は最初の握手で相手の人柄を見抜くのだと分かった。人間の心理を知り抜いている人だと思う。

 パピクには変わった習慣があった。古いカセットプレーヤーでアラブ音楽を聴くのが好き。1日に何回も着替える。着ているものが気に入らないと、お客を待たせてでも着替える。白いスーツがお気に入りだった。

 アフリカの貧しい国々を訪れたときは、装甲を施したリムジンの窓から子供たちにお金やキャンディーを投げた。感染症が怖いから子供たちには近寄らなかった。でも外遊先でテントで寝るというのは嘘! テントは公式会談に使っただけだ。

 私たちは夢のような豪遊をした。パピクに付き添ってアメリカ、イタリア、ポルトガル、ベネズエラを旅した。彼は機嫌がいいと、何か欲しい物はないかねと聞いてくれる。毎年、自分の肖像入りの金時計を取り巻き全員に贈る習慣もあった。リビアではこの時計を見せると、どこでもノーパスで入れ、どんな無理難題も通る。

間一髪でリビアを脱出できたが

 リビア国民の少なくとも半分はパピクを嫌っているようだった。リビア人の医療関係者は、私たちに嫉妬していた。彼らの3倍の給料、1カ月に3000 ドル以上をもらっていたから。

 リビアではパピクの一存ですべてが決まる。まるでスターリン。権力も富も独り占めだ。

 エジプト革命のニュースをテレビで見たとき、リビアでは誰も私たちのパピクに反旗を翻したりしないだろうと思っていた。でも違った。パピクがまだ間に合ううちに息子のセイフに権力を譲っていたら、状況は変わっていたと思う。

 私は2月初めに首都トリポリを離れ、間一髪で難を逃れた。残った看護師2人は身動きが取れない。私が出国したのは個人的な理由だ。妊娠4カ月で、おなかが目立ち始めていた。パピクがセルビア人の彼との関係を認めてくれないと思ったから。

 パピクは私の裏切りを許してくれないだろう。でもおなかの子供のためにもリビアから逃げてよかった。今ではパピクの一番身近な人たちも、彼を見捨てて逃げている。彼は子供たちと2人の看護師を強引に引き止め、道連れにする気だ。

[2011年4月20日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

村田製の今期4割の営業増益予想、電池事業で前年に5

ビジネス

米資産運用会社の銀行投資巡る監督強化案、当局が採決

ビジネス

第1四半期の中国金消費、前年比5.94%増 安全資

ビジネス

野村HD、1―3月期純利益は前年比7.7倍 全部門
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中