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インタビュー

「利他学」を立ち上げ、いまの社会や科学技術のあり方を考え直す──伊藤亜紗

2021年12月27日(月)11時00分
今泉愛子 ※Pen Onlineより転載
伊藤亜紗

伊藤亜紗●1979年、東京都生まれ。東京工業大学科学技術創成研究院未来の人類研究センター長。同リベラルアーツ研究教育院教授。生物学者を目指していたが、大学3年次に文転。2010年、東京大学大学院人文社会系研究科美学芸術学専門分野博士課程単位取得退学。専門は美学、現代アート。 写真:興村憲彦

<「人をケアすることも大切」という感覚が広がれば、経済活動全体の意味も変わる──Penクリエイター・アワード2021を受賞した美学者・伊藤亜紗が「利他」に注目する理由>

いま、クリエイターや起業家から熱い注目を集めている研究者がいる。2020年、東京工業大学が開設した「未来の人類研究センター」の初代センター長に就任した伊藤亜紗だ。「利他学」というこれまでになかった学問を立ち上げ、21年3月にオンラインで開催した利他学会議には、音楽家の小林武史や建築家、生物学者らが議論を繰り広げ、3000人近い参加者が耳を傾けた。

利他とは「自分よりも他者の利益を優先する」という考えだ。伊藤はなぜ、利他に注目するのか。

「東京工業大学でも研究の中心となっている科学技術は、本来人間が幸福に生きるためのものであったはずですが、技術が高度になり細分化していくにつれ、目的が見えにくくなっています。利他という視点は、社会や科学技術のあり方を新しく考え直すヒントになると思いました」

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伊藤が研究の手がかりにしたのは、自身がこれまで感じてきた、利他への違和感だ。

「研究で障がいのある人たちと関わるなかで、彼らに手を貸すことが、必ずしも彼らのためになっていないことがあると感じていたんです。サポートしてもらうという役割に固定されてしまうことが窮屈だという全盲の女性もいました」

役に立ちたいという善意はときに、相手への押し付けになる。

「利他とは、誰かになにかをすることで終わりではなく、相手に受け取ってもらえてこそなんです。アンケートを実施したところ、善意を受け取ることが苦手と感じる人が多いとわかりました。自己肯定感が低く、自分にはそんなことをしてもらう価値がないと考えてしまう。あるいはなにかをしてもらったら相手に借りができたと捉えてプレッシャーを感じる。それでは受け取ったことになりません。どうしたらうまく受け取れるのかと考えるようになりました」

そんな違和感を手がかりに、伊藤は独自の視点を切り拓く。専門とする美学は、曖昧なもの、言葉にしにくいものを言葉で解明していく学問だと伊藤は考える。ロングセラーの『目の見えない人は世界をどう見ているのか』をはじめ、言語化しづらい身体感覚にまつわる本を執筆してきた。

「身体について書く時は、読者が自分の身体で理解できるような書き方を心がけています。読んでいるうちに自分の身体が変わっていくような本を書きたいんです」

焚き火を囲んだ雑談から、研究者の好奇心を育てる

利他学を立ち上げた折に研究者を集めて最初に行ったのは、焚き火だ。火を囲んでメンバーは自由に語り合った。

「会議でなくあえて雑談を行いました。クリエイティビティを育てるためには、余白を残しておくことが大切なんです。わからないことを誰かに訊くと思いがけない答えが返ってくることがあります。そして答えた本人にも発見がある。そうやって互いの好奇心が育っていくんです」

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