最新記事

テクノロジー

かつてウォークマンは革命だった

今ではアンティークの音楽プレーヤーとソニーが、「好きな音楽を自分で選ぶ」時代を切り開いた

2010年10月26日(火)17時55分
フレッド・カプラン

自慰?破壊? ウォークマンの出現は人々の生き方まで変えた(写真は1981年に発売された「2代目」のWM-2) Esa Sorjonen

 10月25日、ソニーはカセットテープ式の携帯音楽プレーヤー「ウォークマン」の日本国内での製造・販売を終了したと発表した。カセットテープ式の携帯型再生機がいまだに作られていたなんて!

 いやいや、もう少し敬意を払おう。iPodやiPad、スマートフォンが全盛の今となっては、デカくてダサくて原始的にみえるウォークマンも、かつてはポップカルチャーに多大な影響を与えた革命的な発明だった。

 発案者は、日米を往復する飛行機の中でオペラ音楽を楽しみたいと考えたソニーの共同創業者の盛田昭夫。ただしウォークマンの真髄は、どこにでも持ち運べる携帯性以上にユーザーの「孤立」と「自立」にあった。ウォークマンは世界における自分の居場所についての概念を覆したのだ。

 1979年夏に発売された初代モデルTPS-L2には、ヘッドフォンプラグの差込口が2つあった。ソニーの広告の絵柄も、異なる風貌の2人(背の低い高齢の日本人男性と長身の若いアメリカ人女性など)が一つのウォークマンで一緒に音楽を聞くというもの。さらにTPS-L2には音楽を一時停止させるボタンがあり、ヘッドフォンを介して会話もできた。

社会規範の崩壊か、個人の自由の象徴か

「ウォークマンが登場するまで、音楽鑑賞は他人と共有する体験だった」と、ウォークマン誕生20周年の99年にソニー・アメリカのボブ・ニール副社長(当時)が私に話してくれた。当時は、自分一人で聞くために音楽コンテンツを購入するなんて思いもよらなかった。そんなことをすれば、周囲に「無礼」だと思われたはずだ。だから、ウォークマンを携えた多くの人が、自ら進んで外界から遮断され、好きな音楽に浸りながら街を闊歩する姿は衝撃的だった。

 この現象を見て、社会規範が崩壊すると恐れる人もいれば、精神の解放だと喜ぶ人もいた。

 キリスト教雑誌「クリスチャニティー・トゥデー」は、ウォークマンは若者にとって「神の声に取って代わる新たなライバル」だと警告した。哲学者のアラン・ブルームもベストセラー『アメリカン・マインドの終焉』で、「ウォークマンのヘッドフォンを装着したまま、数学の宿題をしている」13歳の少年に言及。「ウォークマンがあるかぎり、少年たちは伝統に耳を傾け」なくなり、「自慰的なファンタジー」の世界で生きることになると指摘した。

 一方、著名な左派批評家レイ・チョウは、ウォークマンは「歴史の拡声器に耳を閉ざす自由」をもたらす存在で、マスメディアによる集団主義をテクノロジーによって破壊する手段だと絶賛。ソニーもそうしたリバタリアン(自由主義者)の主張に便乗して、「ウォークマンを「個人の選択」と「自由」の象徴としてアピールしたという。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

インド貿易赤字、11月は縮小 政府高官「米との枠組

ビジネス

日本生命、医療データ分析のMDVにTOB 完全子会

ワールド

逮捕されたイランのノーベル平和賞受賞者、激しい殴打

ビジネス

英財務報告評議会、EYのシェル監査を規則違反で調査
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 4
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 5
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 8
    大成功の東京デフリンピックが、日本人をこう変えた
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    世界最大の都市ランキング...1位だった「東京」が3位…
  • 1
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中