コラム

「自分たちは欧米研究者の下請けか?」自立を目指すアラブ人研究者たち

2020年10月15日(木)18時00分

ベイルート港湾施設の爆発事故の後、政府への不満を表明するデモ隊の人々 Alkis Konstantinidis-REUTERS

<先進国の多くの若手研究者が、現地の研究機関に調査費を支払ってデータ収集やアンケート調査を手伝ってもらう>

コロナ禍で、その形態ががらっと変わったことのひとつに、学会の開催方法がある。毎年各種学会が開催する年次大会は、各地から同業研究者が集まってきて、最新の発見や議論、手法について意見を交わす場なのだが、今年は軒並み対面会議ができなくなったので、ほとんどがオンライン会議に切り替わった。

慣れない不便さはあるものの、利点もある。海外の学会に移動せずして参加できるので、お得感が大きい。会場の雰囲気に気を取られたり、発表が聞きにくいといった問題もなく、むしろ集中できる。

というわけで、今年の北米中東学会(世界で最大・最難関の中東研究の学会だ)は、渡米する面倒くささもなく、深夜に自宅で楽しむことができた。今年の話題は、反政府デモ、経済破綻、コロナ感染拡大に加えて港湾施設の大爆発という、四重苦を抱えて危機に瀕しているレバノンを取り上げたパネルが多かったが、なかでも注目されたのが、レバノンのベイルート・アメリカン大学を中心に活動する「アラブ社会科学評議会」の学者の動きだ。

ここ数年、アラブ人学者の間に、「自分たちが研究することの意味はどこにあるのか」という、存在意義を問い直す議論が盛んになっている。趣旨は、いたってシンプルだ。「アラブ人研究者は欧米の研究者・研究機関の下請けか?」。「アラブ社会科学評議会」は、そうした問題意識から、アラブ人自身の独自の「学会」を立ち上げようと、生まれたものだ。

代理人が現地調査

日本でもそうだが、先進国の若手研究者は、早く業績を上げるため、とにかく現地の実証例を多く積み重ねていくことに必死である。だが、地域研究はその国の言語も習得しなければならないし、その土地の社会環境に習熟していないといけない。そんな下積みに何年も費やすのはたいへんなので、少なからぬ若手研究者が研究費を現地の研究機関につぎ込んで、代わりにデータ収集をやってもらったり、アンケート調査を手伝ってもらう。

何年か前に、シリアの紛争地でモスクに集まる人々にインタビューした研究報告が行われたことがあり、とても面白い内容だったのだが、よくよく聞いてみたら「現地の代理人に依頼してインタビューしてもらった」とのこと。感嘆の気持ちが半減した。今年も、シリアでの反政府活動参加経験者に電話インタビューしてまとめた報告があったのだが、もう少し深堀りした質問はしなかったの?というような、新味のないがっかりな結論だった。

そんな先進国のぽっと出の若手研究者にいらついているのが、そのサポートに回されている現地の研究者だろう。欧米の財団からたんまりカネもらって素人同然の欧米の研究者が筋ちがいの研究をするくらいなら、俺たちにカネよこせ! よっぽど意味のある研究や調査をやってやる! といったところだろう。

だが、残念ながら、欧米のカネは、中東の現地の研究者には直接行かない。いや、行くとしても、コンサル的な扱いが多い。現地の中東研究者が「ここは大事だ」と考えるポイントよりも、欧米政府や企業がどう中東で活動するかに必要な知識と情報が求められる。

プロフィール

酒井啓子

千葉大学法政経学部教授。専門はイラク政治史、現代中東政治。1959年生まれ。東京大学教養学部教養学科卒。英ダーラム大学(中東イスラーム研究センター)修士。アジア経済研究所、東京外国語大学を経て、現職。著書に『イラクとアメリカ』『イラク戦争と占領』『<中東>の考え方』『中東政治学』『中東から世界が見える』など。最新刊は『移ろう中東、変わる日本 2012-2015』。
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