コラム

シリアから電撃撤退したプーチンの意図はどこに?

2016年03月17日(木)15時30分

 その動機としては、ウクライナ問題に関する経済制裁を解除させるためであるとか、北朝鮮情勢が大変に不穏なので、六者会合の枠組みに即した「日米韓中ロ」のホットラインを復活させたいということも考えられます。

 ですが、そうした「美しい」理屈のウラには、一つの意図が透けて見えるのです。それは、このタイミングで、欧米に「自ら進んでアサド政権を認めさせる」という目的です。

 現在の和平会議の流れは、事実上は「アサド体制の存続」が前提となっています。ホンネの部分ではそうです。また、連邦国家構想といったアイディアが出てきている中で、余計にそうしたニュアンスは濃くなっています。ですが、欧米としては依然として「自国民に対して化学兵器を使用」したアサド政権は「下野」させるという「タテマエ」を崩してはいません。

 ここで、ロシアがシリア領内での軍事作戦を続けるようですと、欧米としては、この「タテマエ」を降ろすことはできません。それは、ロシアの軍事力に屈する形で「非人道的な行為という犯罪」を犯したアサドを免罪するようだと、国家の威信が損なわれるからです。

 ですが、ホンネの部分では、アサド政権の存続を前提としてシリア情勢の沈静化を図りたいという気持ちは、ハッキリと各国の姿勢の中に見えるようになってきました。特にアメリカのケリー国務長官の動きはかなり、その方向に傾斜しています。

【参考記事】シリア停戦後へ米ロとトルコが三巴の勢力争い

 そんな中で、ロシアが「軍事行動を停止」するということは、欧米にとって「アサド体制存続を前提とした和平」というものを、公式に受け入れることを容易にするのです。ロシアの兵力に屈服したという印象を与えることなく、現実的な選択として判断したという説明が可能になるからです。

 そう考えると、欧米とも、アサド=ロシア連合とも激しく対立している「ヌスラ戦線」が、日本人ジャーナリストの安田純平氏の身柄を拘束しているという「脅迫」をこの時点で発信してきたことも、タイミングという点で辻褄が合って来ます。和平交渉が進展するというのは、アサド政権と穏健派の和平という意味であり、ISILやヌスラ戦線への圧力は反対に強まる可能性が高いからです。

 このまま欧米がアサド政権の存続を「公式に」認めるような事態になれば、政治的にはプーチンが勝利した格好になります。その環境を整えるための「サプライズ撤退」という説明が、一番筋が通るように思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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