コラム

「新安保法制」の問題点とは何か

2015年03月26日(木)12時14分

 残念ながら、こうした「計算」とか「駆け引き」というのは国際政治には付き物です。では、そのような「リアリズム」を直視するならば、この「新安保法制」を成立させて、アメリカの現政権との「関係を強化」するのは正しいのでしょうか?

 問題は「リアリズム」の観点から直視すべき点が、もう1つあるということです。

 それは、この「新安保法制」を推進して日本が「負担」をするとしても「日本国内の歴史修正主義にアメリカが理解を示す」ことはないという点です。いわゆる「負担」の問題には政治的な足し算や引き算が成立する一方で、歴史認識の問題については、そうした「差し引きの計算」は成立しません。

 この点に関して安倍政権の姿勢は、やはり脇が甘いと思います。自衛隊を「軍」と呼ぶとか、戦後70年にあたっていまだに厳粛な追悼の姿勢をどう示すか決めかねているというのは、この点、つまり「歴史認識の問題は差し引きの計算にならない」という「リアリズム」を認識していないのではないかという懸念が消えない、そこが大変に気掛かりです。

 どうして「差し引きの計算」にならないのでしょう? それは価値観の共有という大切な問題だからです。戦後世界というのは、二度と世界大戦を起こしてはならないという「国連憲章」を最高の規範として成立しています。その世界において、旧枢軸国の名誉回復を企図するとか、戦前と戦後の「国のかたち」の区別を曖昧にしたままで自衛隊を「我が軍」などというのは、そうした価値観を共有「したい」というメッセージ性に欠けるのです。

 さらに言えば、「旧枢軸国の名誉回復を企図している」というイメージの拡散を安倍政権が今後も放置すれば、それは東シナ海から西太平洋にかけて活動を活発化している中国軍について、「行動には大義がある」という誤った理解を拡大させることにもなります。そうなれば、結果的に軍事バランスも、外交のバランスも崩れてしまうのです。アメリカはそのことを大変恐れています。

 こうした無自覚な言動がいつまでも止まらないようでは、「新安保法制」を成立させて自衛隊に大きな「負担」を背負わせても、結果的に日米関係は改善しないし、日本の周辺における軍事バランス・外交バランスも好転しない、その結果として日本の安全は「より保障されない」ことになってしまいます。

 この点は徹底した「リアリズム」で議論されることを期待したいと思います。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

フィリピン中銀、政策決定発表を新方式に 時間30分

ワールド

マスク氏弁護団、オープンAIの要請を阻止するよう裁

ビジネス

三菱自、通期業績予想下方修正 関税影響見直しなどで

ビジネス

EUのCO2削減目標は実現不可能、自動車業界幹部が
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 3
    脳をハイジャックする「10の超加工食品」とは?...罪悪感も中毒も断ち切る「2つの習慣」
  • 4
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    「美しく、恐ろしい...」アメリカを襲った大型ハリケ…
  • 7
    【クイズ】1位はアメリカ...稼働中の「原子力発電所…
  • 8
    イタリアの「オーバーツーリズム」が止まらない...草…
  • 9
    「1日1万歩」より効く!? 海外SNSで話題、日本発・新…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 1
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 2
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 3
    「死ぬほど怖い」「気づかず飛び込んでたら...」家のプールを占拠する「巨大な黒いシルエット」にネット戦慄
  • 4
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
  • 5
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 6
    中国で「妊娠ロボット」発売か――妊娠期間も含め「自…
  • 7
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 8
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 9
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 10
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story