コラム

大江千里の「オーディション番組」考察 何が世界を熱狂させるのか

2023年07月08日(土)18時00分

大江は83年、関西学院大学在学中に オーディションに合格してデビュー SENRI OE

<かつて『スター誕生!』は、手の届かない夢をつかむ選ばれし人たちの才能の物語だった。だが今のオーディション番組は、スター誕生の裏側の物語を見るリアリティーショーのようで生々しい>

オーディション番組がいま熱い。なぜ世界はオーディション番組に熱狂するのか。

イギリス人の音楽プロデューサー、サイモン・コーウェルが生んだ公開オーディション番組『ゴット· タレント』。サイモンをはじめ、審査員がとにかく辛口でジャッジするので見ていてハラハラする。最初のアメリカ版に続きイギリス版もヒットし、最近は日本を含め数カ国でローカライズされている。

ジャニーズ事務所所属のボーイズグループ、トラビス・ジャパンが満場総立ちで迎えられた感動の1シーンが、昨年放送されたこの番組のアメリカ版だった。「緊張してます」――審査員の問いかけを聞き取れず、素直にそう答えたメンバーの川島如恵留に会場の観客は狂喜乱舞した。

思い返せば、日本には1970~80年代に才能豊かなタレントたちを生み出したオーディション番組『スター誕生!』がある。この番組は、僕らには手の届かない夢をつかむ選ばれし人たちの才能の物語だった。

だが今や、オーディション番組は舞台の袖での司会者とのハイタッチ、抱き合う姿、家族が涙して駆け付ける姿など、見ている側に寄り添い降りてきてくれている印象が強い。スター誕生の裏側の物語を見るリアリティーショーとも言うべきか。

特別な存在というより、昨日まで隣にいた人が世の中を変えちゃうまでになる、途中経過も映し出すリアリティーショーの生々しさ。それこそが現在オーディション番組に世界中が熱狂する理由ではないだろうか。

SNSの発達により、現代が「素人の時代」になったことがオーディション番組の台頭に影響しているとも僕は思う。素人だからこその、演出を超えた生々しさを視聴者が共有できてしまう時代だ。

リアリティーショーの残酷さ

かつてオーディションは、アーティストと事務所やレコード会社とを引き合わせるマッチメーカーの装置だった。『スター誕生!』で有名事務所やレコード会社の人たちがプラカードを上げるシーンを昨日のことのように思い出す。

実は僕も「ソニー・サウンド・ディベロップメント」というオーディションで世に出た。そこで将来を一緒に歩むことになるレコード会社のプロデューサーに出会い、現在への道が開けたのだ。

あの時、表には出ていない楽屋でのやりとり、NGワードなどの会話がもし、カメラが回っていて外部に出ていたら?と思うと......ゾッとすると同時に、ちょっぴり「見てみたい」気もする。

一方でリアリティーショーは、参加者にとっては短期間で全てをさらけ出し、生き残りを懸けて魅力をアピールするのだから残酷だ。日本で記憶にあるのが、2012~20年に放映された『テラスハウス』。あれはリアリティーショーの負の一面が浮き彫りになってしまった。

日本がアメリカほどにリアリティーショーに寛大でないのは、さらけ出すことに対する違和感やアレルギーがあるのかもしれないと思う。

この「素人の時代」に終わりは来るのか。僕は、原石である素人を面白くするシナリオを、作家がどれだけリアリティーを持って書き続けていけるかに懸かっていると思う。

プロフィール

大江千里

ジャズピアニスト。1960年生まれ。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー後、2007年末までに18枚のオリジナルアルバムを発表。2008年、愛犬と共に渡米、ニューヨークの音楽大学ニュースクールに留学。2012年、卒業と同時にPND レコーズを設立、6枚のオリジナルジャズアルパムを発表。世界各地でライブ活動を繰り広げている。最新作はトリオ編成の『Hmmm』。2019年9月、Sony Music Masterworksと契約する。著書に『マンハッタンに陽はまた昇る――60歳から始まる青春グラフィティ』(KADOKAWA)ほか。 ニューヨーク・ブルックリン在住。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン大統領、トランプ氏にクリスマスメッセージ=

ワールド

ローマ教皇レオ14世、初のクリスマス説教 ガザの惨

ワールド

中国、米が中印関係改善を妨害と非難

ワールド

中国、TikTok売却でバランスの取れた解決策望む
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 2
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 3
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...どこでも魚を養殖できる岡山理科大学の好適環境水
  • 4
    「時代劇を頼む」と言われた...岡田准一が語る、侍た…
  • 5
    ノルウェーの海岸で金属探知機が掘り当てた、1200年…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 8
    『SHOGUN 将軍』の成功は嬉しいが...岡田准一が目指…
  • 9
    「衣装がしょぼすぎ...」ノーラン監督・最新作の予告…
  • 10
    【銘柄】「Switch 2」好調の任天堂にまさかの暗雲...…
  • 1
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 2
    90代でも元気な人が「必ず動かしている体の部位」とは何か...血管の名医がたどり着いた長生きの共通点
  • 3
    アジアの豊かな国ランキング、日本は6位──IMF予測
  • 4
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 5
    海水魚も淡水魚も一緒に飼育でき、水交換も不要...ど…
  • 6
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 7
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 8
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 9
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 8
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story