コラム

日銀は死んだ

2016年07月29日(金)18時52分

 デフレ脱却と株式の買い支えと何の関係があるのか。

 ない。

 投機家が、政策によって株価が動く、しかも需給に直接響く、これは乱高下するネタが増えた、と喜ぶだけだ。今後も、政策決定会合ごとに、ETFの買い増しを催促する相場となるだろう。買い増しがなければ失望で暴落させ、あれば急騰させ、また催促のために材料出尽くしで下げさせる。それだけのことだ。

 株価変動が大きくなることは、経済にマイナスだ。不安定性を自ら増すことになる。

 そのコストとリスクを払って、実体経済には無関係な政策をとった。

 日銀は、実体経済を支える組織ではなく、「株価支援機構」に成り下がったのである。奇しくも、我々の年金資金を運用し着実に増やすことを委託されたGPIFが、株価支援機構に成り下がった結果、5兆円以上の損失を昨年度出してしまったことを発表した丁度まさに同じ日に、「株価支援機構」というニックネームを日銀は自ら進んで引き継いだのである。


会見まで同じ時間

 GPIF理事長の記者会見と日銀黒田総裁の会見がまったく同じ3時半だったというのは、魂がのり移ったことの証しだったのだろうか。

 今後、日銀はまったく政策の効果を発揮できなくなるだろう。中央銀行として、自らの存在意義、自国経済の健全なる発展という目的を捨て去り、存在意義を自ら葬り去ったのだから。

 来月のジャクソンホール、世界の中央銀行関係者だけの最も重要な集まりで、日本銀行の人々はどんな顔をして、仲間のセントラルバンカーに会うのだろうか。彼らに葬儀でもやって貰うのだろうか。

****

 もう少し具体的に議論しよう。

 まず、日銀の黒田総裁は、ETF、株の買い増しだけを行うことをどう説明したのか。これがどうデフレ脱却、期待インフレ率の上昇にどう繋がるのか、どう日本経済を支えるのか。彼は記者会見では、「家計や企業のコンフィデンス(確信)の悪化を防ぎ、前向きな経済活動をサポートするため」と説明した。

 木内委員が株価を目標にしているとの誤ったメッセージになるとして、反対した、という政策変更文の注意書きがある。全くその通りだが、それも誤りだ。誤ったメッセージではない。それを実施する以上、誤解ではなく、誤りそのものなのだ。魂が売られてしまっているのだ。

 株価が一時的に上がることが支えになるのか。日銀が株を買うことが、人々を前向きにするのか。企業や家計ではなく、短期トレーダーの間違いではないのか。

 また、経済前提として、新興国経済の減速や英国の欧州連合(EU)離脱決定などを挙げて「不確実性が高まっている」と強調した。だから、追加緩和、緩和策の強化が必要になった、という説明である。

 奇しくも、米国中央銀行、FEDは昨日、世界市場の不安定要因はなくなった、リスクは低下した、と述べたばかりだ。震源地の欧州の中央銀行ECBも追加緩和はせず、直撃の英国ですらイングランド銀行は金利据え置きを決定したのに、である。

プロフィール

小幡 績

1967年千葉県生まれ。
1992年東京大学経済学部首席卒業、大蔵省(現財務省)入省。1999大蔵省退職。2001年ハーバード大学で経済学博士(Ph.D.)を取得。帰国後、一橋経済研究所専任講師を経て、2003年より慶應大学大学院経営管理研究学科(慶應ビジネススクール)准教授。専門は行動ファイナンスとコーポレートガバナンス。新著に『アフターバブル: 近代資本主義は延命できるか』。他に『成長戦略のまやかし』『円高・デフレが日本経済を救う』など。

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