コラム

「エホバの証人」信者からネオナチへ──ドイツ「報復」大量殺人の深層

2023年03月27日(月)13時55分
事件のあった王国会館に供えられた花束

事件のあった王国会館に供えられた花束(3月11日) Fabian Bimmer-REUTERS

<事件後に自殺した犯人は1年半前にエホバの証人を脱退し、昨年12月に大量殺人を正当化する書籍をセルフ出版していた>


・ドイツのハンブルクで「エホバの証人」の施設が元信者に銃撃され、7人が殺害された。

・実行犯は自殺したが、その後の調査で「エホバの証人」脱退後、ネオナチに転向していたことが判明した。

・「エホバの証人」はヒトラーの権威を否定したため、信者が強制収容所に送られた歴史を持つ。

ドイツで「エホバの証人」で信者7人が銃殺された大量殺人事件は、その後の調査で、元信者が団体に敵意を募らせた挙句、極右イデオロギーに感化された疑いが濃くなった。

元信者が「エホバの証人」襲撃

ドイツ第二の都市ハンブルクで3月10日、「エホバの証人」の王国会館(礼拝施設)が銃をもった男に襲撃され、居合わせた7人(胎児1人を含む)の信者が殺害された。

実行犯フィリップ・F(ドイツでは個人情報保護の観点から容疑者の姓が公表されない)は逃亡を試みたが、通報を受けて駆けつけた警察官に取り囲まれて自殺した。

今回の事件は大量殺人だけでもセンセーショナルだったが、それに加えて実行犯が「エホバの証人」の元信者だったことでも注目を集めた。

エホバの証人はキリスト教の一派で、19世紀のアメリカで生まれた。全世界の信者は869万人 以上、このうちドイツには17万人程度がいるとみられる。

その大きな特徴は聖書を厳格に解釈し、後世に加えられた要素を拒絶することだ。そのため、例えばクリスマスなどの行事は行われない。また、新約聖書『使徒書』にある「偶像への供え物、血、絞め殺したもの、不品行を避けなければならない」という記述に従い、たとえ瀕死の重態でも輸血を拒否することでも知られる。

これまでにもあった襲撃

その特異性もあって、エホバの証人は外部とのかかわりが疎遠になりがちだ(信者はそう言わないが)。実際、今回の事件を受けてハンブルクではカトリックや他のプロテスタント教会が合同追悼式を行ったが、当のエホバの証人はこれに謝意を示しながらも参加しなかった。

家族内のトラブルを招くことも珍しくなく、日本ではいわゆる宗教2世の問題も指摘されている。

こうした背景のもと、エホバの証人が襲撃されることはこれまでにもあった。例えばドイツ中部ビーレフェルトでは2009年、82歳の男性が王国会館を銃撃しようとして逮捕された。犯人の娘はエホバの証人の信者だった。

今回の事件では元信者が自ら襲撃したわけだが、その背景には何があったのか。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ

ニュース速報

ビジネス

アングル:需要高まる「排出量ゼロ配送」、新興企業は

ビジネス

アングル:避妊具メーカー、インドに照準 使用率低い

ビジネス

UAW、GMとステランティスでスト拡大 フォードと

ワールド

ゼレンスキー氏、カナダの支援に謝意 「ロシアに敗北

今、あなたにオススメ

MAGAZINE

特集:グローバルサウス入門

特集:グローバルサウス入門

2023年9月19日/2023年9月26日号(9/12発売)

経済成長と人口増を背景に力を増す新勢力の正体を国際政治学者イアン・ブレマーが読む

メールマガジンのご登録はこちらから。

人気ランキング

  • 1

    マイクロプラスチック摂取の悪影響、マウス実験で脳への蓄積と「異常行動」が観察される

  • 2

    J.クルーのサイトをダウンさせた...「メーガン妃ファッション」の影響力はいまだ健在

  • 3

    アメックスが個人・ビジネス向けプラチナ・カードをリニューアル...今の時代にこそ求められるサービスを拡充

  • 4

    墜落したプリゴジンの航空機に搭乗...「客室乗務員」…

  • 5

    毒を盛られたとの憶測も...プーチンの「忠実なしもべ…

  • 6

    ワグネルに代わるロシア「主力部隊」の無秩序すぎる…

  • 7

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 8

    ロシアに裏切られたもう一つの旧ソ連国アルメニア、…

  • 9

    最新兵器が飛び交う現代の戦場でも「恐怖」は健在...…

  • 10

    常識破りのイーロン・マスク、テスラ「ギガキャスト」に…

  • 1

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務所の「失敗の本質」

  • 2

    突風でキャサリン妃のスカートが...あわや大惨事を防いだのは「頼れる叔母」ソフィー妃

  • 3

    米モデル、ほぼ全裸に「鉄の触手」のみの過激露出...スキンヘッドにファン驚愕

  • 4

    インドネシアを走る「都営地下鉄三田線」...市民の足…

  • 5

    「死を待つのみ」「一体なぜ?」 上顎が完全に失われ…

  • 6

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗…

  • 7

    常識破りのイーロン・マスク、テスラ「ギガキャスト」に…

  • 8

    「特急オホーツク」「寝台特急北斗星」がタイを走る.…

  • 9

    墜落したプリゴジンの航空機に搭乗...「客室乗務員」…

  • 10

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

  • 1

    墜落したプリゴジンの航空機に搭乗...「客室乗務員」が、家族に送っていた「最後」のメールと写真

  • 2

    中国の原子力潜水艦が台湾海峡で「重大事故」? 乗組員全員死亡説も

  • 3

    イーロン・マスクからスターリンクを買収することに決めました(パックン)

  • 4

    <動画>ウクライナのために戦うアメリカ人志願兵部…

  • 5

    「児童ポルノだ」「未成年なのに」 韓国の大人気女性…

  • 6

    コンプライアンス専門家が読み解く、ジャニーズ事務…

  • 7

    サッカー女子W杯で大健闘のイングランドと、目に余る…

  • 8

    バストトップもあらわ...米歌手、ほぼ全裸な極小下着…

  • 9

    「これが現代の戦争だ」 数千ドルのドローンが、ロシ…

  • 10

    「この国の恥だ!」 インドで暴徒が女性を裸にし、街…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story