コラム

生物の行動を決定づける「自由エネルギー」とは?「量子科学」と「脳科学」の融合が解き明かすこと

2026年01月14日(水)17時52分

実際、「量子認知」という研究分野がある。これは人間の脳に電子系の量子効果があるという話ではなく、「非可換確率論を用いた認知科学研究」だと西郷氏は説明する。

西郷氏が紹介した「量子認知」は、この「問いが状態を変える」特性をモデル化する研究分野である。これは、「量子の数学構造が、認知のゆらぎや順序による答えの変化を説明するのに適している」という意味において示唆に富む。

有名な例として、政治家の「信頼度」を問うアンケートで、質問順序によって回答率が大きく変わる現象がある。いわゆる「質問順序効果」だ。かつて米大統領選挙で「クリントンは信頼できるか。ゴアは信頼できるか」という質問を、順序を変えて行うと、偶然で片付けられないほどに結果が変わった。この現象は、古典確率論ではうまく説明できなかったが、非可換確率論によれば体系的に説明できることが示されていた。

講演後半では、「なぜ非可換性が多様な現象に現れるのか」を数学の観点から説明した。鍵となるのが、「圏(けん)」と呼ばれる構造だ。西郷氏の圏論的アプローチについてはこの動画などに詳しい。

西郷氏は講演を、哲学的な言葉で締めくくった。

「非決定論と因果性を両立させることは、人間の自由を考える上でも重要。全てがランダムなら努力は意味がない。全てが決定されていても努力は意味がない。しかし決定論と因果性を切り離すことで、この二つは両立する。これは脳を考える上でも重要なのではないだろうか」

すべてが完全にランダムでも、すべてが厳密に決定されていても、私たちの「選択」は意味を失う。しかし、量子の数学に見られる「不定性を含みつつ、因果は保たれる」という構造は、脳の働きや自由意志の理解に新たな視点を与える可能性を秘める。

数学という抽象的な言語を通じて、量子と脳、そして人間の自由という深遠なテーマがつながった瞬間だった。

プロフィール

南 龍太

共同通信社経済部記者などを経て渡米。未来を学問する"未来学"(Futurology/Futures Studies)の普及に取り組み、2019年から国際NGO世界未来学連盟(WFSF・本部パリ)アソシエイト。2020年にWFSF日本支部創設、現・日本未来学会理事。主著に『未来学』(白水社)、『生成AIの常識』(ソシム)『AI・5G・IC業界大研究』(いずれも産学社)など、訳書に『Futures Thinking Playbook』(Amazon Services International, Inc.)。東京外国語大学卒。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州委員長、ハンガリー次期首相と電話会談 資金拠出

ワールド

中ロ外相、首脳会談やイラン・ウクライナ情勢巡り協議

ビジネス

ウォーシュ次期FRB議長候補、資産1億ドル超 21

ワールド

イランとの間に多くの不信感と米副大統領、「現状に満
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    米軍の海上封鎖に中国が抗議、中国タンカーとの衝突リスク高まる
  • 2
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 3
    高さ330メートルの絶景と恐怖 「世界一高い屋外エレベーター」とは
  • 4
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ…
  • 5
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 6
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 7
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相…
  • 8
    トランプを批判する「アメリカ出身のローマ教皇」レ…
  • 9
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 10
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで代用した少女たちから10年、アジア初の普遍的支援へ
  • 4
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 5
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 6
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 7
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 8
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 9
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 10
    健康を守るはずのサプリが癌細胞を助ける? 思いがけ…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story