コラム

中国の過剰生産能力問題の元凶は大手国有企業

2017年01月25日(水)17時20分

 以上の簡単な分析からわかったことは、2015年に中国の鉄鋼業が冬の時代を迎えて競争が激化した時、競争の中で淘汰されつつあったのは大手国有鉄鋼メーカーであり、中国政府がこれまで支援してきた企業たちだったということである。政府がなすべきことは、大手国有メーカーに対する優遇をやめ、失業問題に配慮しつつこれらを安楽死させること、これに尽きる。

 だが、大手国有鉄鋼メーカーと癒着している中国政府がやろうとしていることはむしろその逆で、大手国有メーカーを助けて生き永らえさせようとしている。

問題を先送りする中国政府

 2015年に中国政府は鉄鋼生産能力を1~1.5億トン削減する政策を実施し始めた。その政策はあたかもケーキを分けるような方法で実施されている。国全体で今年は5000万トン分の生産能力を削減すると決めると、5000万トンの削減目標をまず省ごとに分ける。中国の粗鋼生産の約4分の1を占める河北省には大きな目標が与えられることは言うまでもない。河北省はそれを省内の市に割り当てる。各市では市内の鉄鋼メーカーに点数をつけて評価して、それに基づいて割り当てることになっているが、実際には各社の生産能力に応じて一律に何%カット、という分け方になってしまう。

 しかし、一口に鉄鋼メーカーといってもその事業や経営状況は千差万別である。私が12月に訪問した民営鉄鋼メーカー2社のうち一社は建設用の型鋼、もう一社は熱延広幅帯鋼に特化しており、それぞれ市場の需要をうまくとらえているので生産能力の稼働率はとても高く、削減の必要性を感じていない。加えて前者は銀行からの借金をすべて返済しており、後者も資産負債率は50%で、経営状況は健全である。しかし、そうした民営鉄鋼メーカーにも一律に10%の生産能力削減の任務が政府から下りてくる。生産設備の稼働率が高い企業に生産能力の削減が課されると、生産量を減らさざるをえない。

 一方、生産量を減らしていた鉄鋼メーカー、すなわち「負け組」は生産能力がもともと余っているから、生産能力を削減しても減産を強いられない。こうして中国政府が現在進めている生産能力削減策は、経営状況がよくて稼働率の高い鉄鋼メーカーに減産を強制し、経営状況が悪くて稼働率の低いメーカーを助ける結果となる。

 ただ、この政策は単に問題を先送りするだけで根本的な解決にはつながらない。生産能力の削減を命じられた民営メーカーは、当然ながら企業のなかで相対的に生産性の低い、古い設備を削減する。また、生産能力の削減に伴って退職を余儀なくされる従業員に対する一時金を政府からもらえるので、それを使って能力が相対的に劣る従業員を削減する。こうして民営メーカーは生産量の削減を強いられるものの、生産性はむしろ向上し、経営効率が悪い大手国有鉄鋼メーカーとの差が広がるであろう。結局、中国政府は大手国有鉄鋼メーカーを支えているつもりで、実際にはスポイルしており、いずれそのツケを払わざるをえなくなる。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

アップル、関税で今四半期9億ドルコスト増 1─3月

ビジネス

米国株式市場=上昇、ダウ・S&P8連騰 マイクロソ

ビジネス

加藤財務相、為替はベセント財務長官との間で協議 先

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 8
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story