コラム

犯罪を誘発する「小さな悪」とは? 広島、栃木での女児誘拐殺人事件から20年...発生場所に見られたそのシグナル

2025年11月11日(火)10時45分

様々な犯罪機会論のうち、ソフト面、つまり「心理的に入りやすく、心理的に見えにくい場所」を重視するのが、ラトガース大学のジョージ・ケリングとカリフォルニア大学のジェームズ・ウィルソンが1982年に発表した「割れ窓理論」だ。

割れ窓理論で言う「割れた窓ガラス」とは、管理が行き届いてなく、秩序感が薄い「公共の場所」の象徴だ。この理論では、地域住民や自治体職員が、その場所のことに無関心・無気力・無責任であるから、施設の割れた窓ガラスが放置され続けていると考える。言い換えれば、割れた窓ガラスが放置されているのは、その場所に関係する人々の「縄張り意識と当事者意識」が低いからだと考えるのだ。

「縄張り意識」とは、「入りにくさ」のソフト面、つまり、見えないバリアのことだ。縄張り意識が感じられない場所は、犯罪者であっても警戒心を抱くことなく、気軽に立ち入ることができる「入りやすい場所」だ。

一方、「当事者意識」とは、「見えやすさ」のソフト面、つまり、心の視線のことだ。当事者意識が感じられない場所では、犯罪者は、「犯罪を行っても見つからないだろう」「犯罪が見つかっても通報されないだろう」「犯罪を止めようとする人はいないだろう」と思い、安心して犯罪を始められる。要するに、その場所は、犯罪者からすれば、見て見ぬ振りをしてもらえそうな「見えにくい場所」なのだ。

落書き、放置自転車、公園の汚いトイレにも注意

このように、割れた窓ガラスが放置されているような場所は、犯罪者にとって、「心理的に入りやすく、心理的に見えにくい場所」になる。犯罪者に、そのように思わせてしまうシグナルとしては、施設の割れた窓ガラスのほかにも、例えば、落書き、散乱ゴミ、放置自転車、廃屋、伸び放題の雑草、不法投棄された家電ゴミ、野ざらしの廃車、壊れたフェンス、切れた街灯、違法な路上駐車、公園の汚いトイレなどがある。

こうした乱れやほころびは、犯罪者に「歓迎のメッセージ」を伝えるシグナルになってしまう。逆に、「公共の場所」の乱れを直し、ほころびを縫えば、そのことが、犯罪者に対する「嫌な知らせ」になる。つまり、そのような場所は、犯罪者にとって「心理的に入りにくく、心理的に見えやすい場所」になる。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

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