コラム

鉄道車両内への防犯カメラ設置を進める日本が、イギリスの「監視カメラ」に学べること

2024年05月15日(水)17時50分

こうした視点から、犯行のコストやリスクを高めたり、犯行のリターンを少なくしたりする研究が進められてきた。その結果が1980年の内務省報告書『デザインによる防犯』だ。それによると犯罪機会論の対策は、①犯行を難しくすること、②捕まりやすくすること、③犯行の見返りを少なくすること、④挑発しないこと、⑤言い訳しにくくすること、という5つのグループに分類されるという。このうち、防犯カメラは第2のグループ、つまり、捕まりやすくすることの一手法に当てはまる。

ただし、イギリスでは、「防犯カメラ」ではなく、「監視カメラ」と呼ばれるのが一般的だ。ちなみに日本では防犯カメラと呼ばれることが多いが、リアルタイム・モニタリングをせず、録画のみしているので、その実体は「捜査カメラ」である。どうも日本では、「防犯」と名付ければ、それが自然に実現すると思われているようだ。言霊信仰と言ってもいい。

欧米諸国と日本の違い

現実志向のイギリスでは、車内カメラについても監視カメラと呼ばれている。その歴史は古く、2001年のジュビリー線を皮切りに、ロンドンの公営地下鉄において車内監視カメラの設置が始まった(写真1)。また、リアルタイム・モニタリングをするため、事務所にモニター室が設けられた(写真2)。

newsweekjp_20240515050057.jpg

写真1 ロンドン地下鉄の車内監視カメラ(数字のゼロの上にカメラ) 筆者撮影

newsweekjp_20240515050038.jpg

写真2 ロンドン地下鉄のモニター室 筆者撮影

この動きは、犯罪機会論を実践してきた欧米諸国に広まり、車内監視カメラの設置が進んだ。例えば、ウィーン(オーストリア)の地下鉄(写真3)や、メルボルン(オーストラリア)の路面電車(写真4)にも、車内監視カメラが導入された。

newsweekjp_20240515050232.jpg

写真3 ウィーン地下鉄の車内監視カメラ 筆者撮影

newsweekjp_20240515050256.jpg

写真4 メルボルン路面電車の車内監視カメラ 筆者撮影

日本でも、2009年に初めて防犯カメラがJR埼京線の車内に設置された。もっとも、当時は大宮方向の先頭車両(1号車)だけだったが、前述したように、義務化という形で防犯カメラの設置が加速されることになった。

もっとも、鉄道会社は相変わらず申し訳なさそうに防犯カメラを設置している。できるだけ目立たないよう配慮しているようだが、この点も欧米諸国とは大違いだ。犯罪の動機を持つ者に防犯カメラの存在を気づかせなければ抑止力にはならない。気づかなくても捜査カメラにはなるが、防犯カメラにはならない。そのため、イギリスでは巨大なポスターが掲示され、車内監視カメラの存在をアピールしている(写真5と写真6)。

newsweekjp_20240515050324.jpg

写真5 イギリス駅舎のポスター 筆者撮影

newsweekjp_20240515050341.jpg

写真6 イギリスの車内ポスター 筆者撮影

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

MAGA派グリーン議員、トランプ氏発言で危険にさら

ビジネス

テスラ、米生産で中国製部品の排除をサプライヤーに要

ビジネス

米政権文書、アリババが中国軍に技術協力と指摘=FT

ビジネス

エヌビディア決算にハイテク株の手掛かり求める展開に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 2
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生まれた「全く異なる」2つの投資機会とは?
  • 3
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃度を増やす「6つのルール」とは?
  • 4
    ヒトの脳に似た構造を持つ「全身が脳」の海洋生物...…
  • 5
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 6
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 7
    「不衛生すぎる」...「ありえない服装」でスタバ休憩…
  • 8
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    レアアースを武器にした中国...実は米国への依存度が…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 10
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story