コラム

犯行要因を空間に求める「犯罪機会論」が防犯対策の主流になるまで

2022年03月12日(土)11時25分
犯罪現場

犯行現場を研究する「犯罪機会論」が防犯対策の柱に(写真はイメージです) liebre-iStock

<海外でも1970年代までは主流だったはずの「犯罪原因論」は、どのようにして求心力を失っていったのか? 日本で「犯罪機会論」が普及しないのはなぜか?>

犯罪学では、人に注目する立場を「犯罪原因論」、場所に注目する立場を「犯罪機会論」と呼んでいる。しかし日本では、犯罪原因論しか知られていない。その結果、防犯対策をめぐってボタンの掛け違いが起こり、奇妙な「不審者」という言葉に振り回されることになった。

関連記事:日本特有の「不審者」対策がもたらした負の影響

ただし、海外でも1970年代までは犯罪原因論が主流だった。効果と副作用の両面から犯罪原因論に厳しい批判が向けられた結果、犯罪機会論に大きくシフトしたのだ。

「被害者学」の台頭

まず、有効性の問題については、ニューヨーク市立大学のロバート・マーティンソンが1974年に発表した論文がゲームチェンジャー(状況を一変させるもの)になった。これが、犯罪原因論の効果を疑問視する声の盛り上がりを生んだ。

マーティンソンは論文の中で、「少数単独の例外はあるものの、これまでに報告されている更生の取り組みは、再犯に対して目に見える効果を上げていない」と主張した。このような「何をやっても駄目」(nothing works)と考える立場は、犯罪者の異常な人格や劣悪な境遇に犯罪の原因があるとしても、それを特定することは困難であり、仮に特定できたとしても、その原因を刑務所で取り除くことは一層困難である、ということを根拠にしている。

このように、刑務所の取り組みに再犯防止の効果が期待できないとなると、刑罰の存在意義が揺らいでくる。その結果、「犯罪が行われないように罰する」という従来の見方(功利主義的刑罰観)から、「当然の報い」(just deserts)として「犯罪が行われたから罰する」という単純な見方(応報主義的刑罰観)へと、刑罰の意味が変わった。

一方、副作用の問題については、「犯罪原因論は人権侵害につながる」と主張されるようになった。なぜなら、犯罪者が抱える「原因」が取り除かれるまで収容できる刑罰(不定期刑)の下では、軽犯罪しか行っていない者でも、更生したと認められなければ、刑務所に長期間入れておくことができるからだ。再犯防止の役割を刑罰に期待する功利主義的刑罰観に立てば、当然そういうことになる。その結果、軽犯罪には短い刑期を適用するという「罪刑均衡と量刑の公平性」を求める応報主義的刑罰観の方に支持が集まるようになった。

こうして、犯罪原因論は求心力を失っていった。社会の関心が、犯罪者の特徴(原因)から離れていくにつれ、その関心が被害者に向き始め、それに呼応して、被害者自身も復権をアピールするようになった。その結果、「忘れられた存在」だった被害者を取り上げる「被害者学」が台頭した。それは、「加害者から被害者へ」という180度の方向転換だった。

プロフィール

小宮信夫

立正大学教授(犯罪学)/社会学博士。日本人として初めてケンブリッジ大学大学院犯罪学研究科を修了。国連アジア極東犯罪防止研修所、法務省法務総合研究所などを経て現職。「地域安全マップ」の考案者。警察庁の安全・安心まちづくり調査研究会座長、東京都の非行防止・被害防止教育委員会座長などを歴任。代表的著作は、『写真でわかる世界の防犯 ——遺跡・デザイン・まちづくり』(小学館、全国学校図書館協議会選定図書)。NHK「クローズアップ現代」、日本テレビ「世界一受けたい授業」などテレビへの出演、新聞の取材(これまでの記事は1700件以上)、全国各地での講演も多数。公式ホームページはこちら。YouTube チャンネルはこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

欧州各国とカナダの防衛費、25年に20%増=NAT

ワールド

イスラエル、革命防衛隊のタングシリ海軍司令官を殺害

ワールド

マレーシア首相、イラン・エジプト首脳らと会談 ホル

ワールド

ベネズエラのマドゥロ氏、NY地裁出廷 弁護士費用巡
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:BTS再始動
特集:BTS再始動
2026年3月31日号(3/24発売)

3年9カ月の空白を経て完全体でカムバック。世界が注目する「BTS2.0」の幕開け

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    作者が「投げ出した」? 『チェンソーマン』の最終回に世界中から批判殺到【ネタバレ注意】
  • 2
    ヘンリー・メーガン夫妻の豪州訪問に3万6000人超の反対署名...「歓迎してない」の声広がる
  • 3
    意外と「プリンス枠」が空いていて...山崎育三郎が「日本産ミュージカルの夢」に賭ける理由【独占インタビュー】
  • 4
    デンマーク王妃「帰郷」に沸騰...豪州訪問で浮かび上…
  • 5
    まずサイバー軍が防空網をたたく
  • 6
    トランプが誤算? イラン攻撃延期の舞台裏、湾岸諸国…
  • 7
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 8
    100年の時を経て「週40時間労働」が再び労働運動の争…
  • 9
    親の遺産はもう当てにできない? ベビーブーム世代…
  • 10
    「予想よりも酷い...」ドラマ版『ハリー・ポッター』…
  • 1
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公開...母としての素顔に反響
  • 2
    【銘柄】「三菱商事」の株価に高まる期待...ホルムズ海峡封鎖と資源価格高騰が業績を押し上げ
  • 3
    「マツダ・日産・スバル」が大ピンチ?...オーストラリアの「NVES規制」をトヨタが切り抜けられた理由
  • 4
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 5
    レストラン店内で配膳ロボットが「制御不能」に...店…
  • 6
    三笠宮彬子さまも出席...「銀河の夢か、現実逃避か」…
  • 7
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する…
  • 8
    中国の公衆衛生レベルはアメリカ並み...「ほぼ国民皆…
  • 9
    イランは空爆により核・ミサイル製造能力を「喪失」…
  • 10
    韓国製ミサイル天弓-II、イラン戦争で96%迎撃の衝撃 …
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 3
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 4
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 7
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story