コラム

ウクライナでロシアとNATOは直接対峙するか?

2024年03月09日(土)14時20分
ゼレンスキー大統領

ゼレンスキーは任期末の5月以降も居座ろうとしているが UKRAINIAN PRESIDENCYーABACAーREUTERS

<東部アウディーイウカ陥落の顛末を見ると、ウクライナ軍が内部崩壊する危惧を抱かざるを得ない>

これまで、ウクライナ戦争は戦線膠着、事実上停戦状態になるだろうと思っていた。だが、2月17日に東部のアウディーイウカをロシア軍が制圧した顚末を知ると、少し危機意識を持つ。ウクライナ軍が内部から崩れ、ロシア軍が一気呵成に占領地域を拡大するのではないか、という危惧だ。なぜそう思うか。

 
 

2月8日、ウクライナのゼレンスキー大統領は、自分の思うとおりに動かない総司令官ザルジニーを更迭し、陸軍司令官のシルスキーを後任に据えた。そしてアウディーイウカの死守をシルスキーに命じ、ウクライナ支援を訴えるためミュンヘンの安全保障会議へと飛び立ってしまう。アウディーイウカは昨年10月以来、ロシア軍が攻勢を強め、天王山の戦いとされてきた。ザルジニーは、早期に撤退して後方で防御態勢を固めようと進言したが、ゼレンスキーはそれでは西側の支援を確保できないと、死守を命じたのだ。

しかしロシア軍の一層の進軍で、シルスキーは17日、突如撤退を命じる。「包囲を避け、兵士の命を守るために」という声明を出して。ウクライナ軍の戦線は乱れ、一部の報道では1000人弱が捕虜になった。

シルスキーは以前から、軍内の評判が悪いと言われる。「ソ連時代の軍教育を受けて、兵士の命は二の次」というわけだ。1986年以来ウクライナで軍務に就き、ウクライナ市民になっているものの、ロシア生まれの生粋のロシア人。ロシアで軍事教育を受けた経歴も邪魔をする。

兵力確保にロシアも苦労している

ウクライナ軍は士気が高いと言われるが、兵役を嫌う青年ももちろん多い。平均賃金をはるかに超える給料で何とかやっているが、アメリカからの資金が米議会共和党の抵抗で止まっているため、遅配も起きている。だから筆者は、ウクライナ軍の内部崩壊を恐れる。

加えてゼレンスキーは5月で任期が切れる。「戒厳令中だから大統領選挙ができない」という理屈で居座ろうとしているが、野党勢力がザルジニーも抱き込んで声を上げてくるだろう。

ではロシア軍が一気にウクライナを占領しNATOと直接対峙するかと言うと、それも難しい。ロシアも兵力の確保に苦労している。貧困地域での募集、そして囚人の動員(15万人という報道もある)でしのいでいるが、戦車を大量に破壊されて補充の生産も追い付かないから、急な進軍はできない。夏にはウクライナ軍にF16戦闘機も加わって、ロシア領内部深くにミサイル攻撃ができるようになる。

プロフィール

河東哲夫

(かわとう・あきお)外交アナリスト。
外交官としてロシア公使、ウズベキスタン大使などを歴任。メールマガジン『文明の万華鏡』を主宰。著書に『米・中・ロシア 虚像に怯えるな』(草思社)など。最新刊は『日本がウクライナになる日』(CCCメディアハウス)  <筆者の過去記事一覧はこちら

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

中国人民銀、緩和的金融政策を維持へ 経済リスクに対

ワールド

パキスタン首都で自爆攻撃、12人死亡 北西部の軍学

ビジネス

独ZEW景気期待指数、11月は予想外に低下 現況は

ビジネス

グリーン英中銀委員、賃金減速を歓迎 来年の賃金交渉
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ギザのピラミッドにあると言われていた「失われた入口」がついに発見!? 中には一体何が?
  • 2
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評家たちのレビューは「一方に傾いている」
  • 3
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一撃」は、キケの一言から生まれた
  • 4
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    コロンビアに出現した「謎の球体」はUFOか? 地球外…
  • 7
    「流石にそっくり」...マイケル・ジャクソンを「実の…
  • 8
    冬ごもりを忘れたクマが来る――「穴持たず」が引き起…
  • 9
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 10
    インスタントラーメンが脳に悪影響? 米研究が示す「…
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 6
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 7
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 8
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 9
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 10
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 8
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 9
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 10
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story