コラム

若者ばかり損するイギリスの学資ローン地獄

2022年05月25日(水)11時15分
イギリスの大学

多額の借金を背負うイギリスの大卒者の負担はさらに重くなる ARSTY/ISTOCK

<平均約800万円もの借金を背負って社会人生活をスタートさせる現代のイギリスの大卒者。学資ローンの制度変更で、彼らの状況はさらに悪化したうえ、学費無料だった年配者世代との格差はますます顕著に>

新型コロナウイルスの混乱とウクライナ危機の陰でいつの間にか、イギリスではやや小粒でよりステルス的な惨事が起こっていた。もう何度目になるか分からない学資ローンの制度変更が行われ、またも大学教育に進む若者の状況を悪化させることになったのだ。

改正により、ローンの返済期間(期間終了後は負債は政府によって帳消しになる)は30年から40年に延長される。加えて、学資ローンの金利は今年、12%に達する見込みだ。個人差はあれど、単純に考えれば大多数の若年層がより多く、より長期にわたってローンを払うことになる。

それでも多くの人が、退職年齢ギリギリまで払い続けて完済するだろう。近年大学を卒業する人々は、返済の始まる前から既に、月々の返済額が500ポンド(約8万円)と危機的なほどに膨れ上がっていることを思い知ることになる。

不可解な制度だが、いくつかの点ははっきりしている。まず、近年の経済ショックに苦しむ家計を救済するため政府がどんなに寛大な補助金や減税策を講じようと、学生はその恩恵にあずかれないということ。2つ目に、世代間による富の著しい格差が拡大し続けることだ。僕の世代(ボリス・ジョンソン英首相もそうだ)は大学に1ペニーの学費も払わずに済んだ。僕は少額の生活費まで支給されていた。対する今の大学生は年間9000ポンド(約140万円)超の学費を払い、平均5万ポンド(約800万円)の借金を背負って卒業する。

3つ目に、同世代内の不公平も生じる。度重なる制度変更のせいで、きょうだい間でも返済条件が異なることがあり得る(年下が損をする)。4つ目に、この制度の何もかも受け入れ難くなるほどの「変化球」がいくつか存在する。例えばスコットランドの人がスコットランドの大学に通う場合は学費無料になるので、イングランドからスコットランドの大学に進学した人は、クラスメイトが無料で受けられている教育に大金を払うことになる(そしてスコットランドの人々は実質、オックスフォード大学やケンブリッジ大学といったイングランドのトップ大学を志願しづらくなる)。

世代間格差に無関心すぎた

かつては無料だったものがなぜここまで高額になったのかと、時に疑問の声も上がる。手短に答えれば、大学に行く若者がほんのわずかだった時代は政府が彼らを賄う余裕があった、ということ。だが1999年にブレア政権が大学進学率50%との目標を掲げて以来、大学進学者数は急速に増え続け、公金では賄い切れなくなった。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

カタール、ガザ停戦交渉の仲介中断 「当事者が真剣な

ワールド

トランプ氏、アリゾナ州でも勝利 激戦7州全て制す=

ビジネス

次期政権との衝突懸念せず、インフレ低下は共通の望み

ビジネス

気候変動の影響注視しつつ2%インフレ目標維持したい
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:米大統領選と日本経済
特集:米大統領選と日本経済
2024年11月 5日/2024年11月12日号(10/29発売)

トランプ vs ハリスの結果次第で日本の金利・為替・景気はここまで変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ウクライナ軍ドローン、1000キロ離れたロシア拠点に突っ込む瞬間映像...カスピ海で初の攻撃
  • 2
    「遮熱・断熱効果が10年持続」 窓ガラス用「次世代型省エネコーティング」で地球規模の省電力を目指すビルズアート
  • 3
    「歌声が聞こえない」...ライブを台無しにする絶叫ファンはK-POPの「掛け声」に学べ
  • 4
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 5
    小児性愛者エプスタイン、23歳の女性は「自分には年…
  • 6
    ハリス氏惨敗の背景に「アメリカ中流階級の生活苦の…
  • 7
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 8
    世界中で「キモノ」が巻き起こしたセンセーション...…
  • 9
    ネアンデルタール人「絶滅」の理由「2集団が互いに無…
  • 10
    「反ユダヤ」は暴発寸前だった...アムステルダム、サ…
  • 1
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウクライナ軍と北朝鮮兵が初交戦
  • 2
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大人気」の動物、フィンランドで撮影に成功
  • 3
    予算オーバー、目的地に届かず中断...イギリス高速鉄道計画が迷走中
  • 4
    「歌声が聞こえない」...ライブを台無しにする絶叫フ…
  • 5
    「家族は見た目も、心も冷たい」と語る、ヘンリー王…
  • 6
    「遮熱・断熱効果が10年持続」 窓ガラス用「次世代…
  • 7
    「トイレにヘビ!」家の便器から現れた侵入者、その…
  • 8
    「ダンスする銀河」「宙に浮かぶ魔女の横顔」NASAが…
  • 9
    後ろの女性がやたらと近い...投票の列に並ぶ男性を困…
  • 10
    投票日直前、トランプの選挙集会に異変! 聴衆が激…
  • 1
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 2
    秋の夜長に...「紫金山・アトラス彗星」が8万年ぶりに大接近、肉眼でも観測可能
  • 3
    死亡リスクはロシア民族兵の4倍...ロシア軍に参加の北朝鮮兵による「ブリヤート特別大隊」を待つ激戦地
  • 4
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 5
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 6
    大破した車の写真も...FPVドローンから逃げるロシア…
  • 7
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 8
    予算オーバー、目的地に届かず中断...イギリス高速鉄…
  • 9
    エジプト「叫ぶ女性ミイラ」の謎解明...最新技術が明…
  • 10
    「地球が作り得る最大のハリケーン」が間もなくフロ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story