コラム

戦後70年談話報告書に学ぶ平和主義の歩み

2015年08月07日(金)13時51分

 先の大戦の経験については、東京大空襲や、広島と長崎における原爆投下について、日本国民の間で広く知られている。また、アジア諸国を侵略し、朝鮮半島を植民地化したこともまた、われわれは歴史教育の中で学んでいる。しかしながら、20世紀における国際法上の戦争違法化については、必ずしも広く知られているわけではない。この報告書では、次のように書かれている。「第一次世界大戦が人類史上未曾有の犠牲をもたらしたことから、国際法上戦争を否定しようとする戦争違法化の動きが一段と強まり、国際連盟規約において加盟国に『戦争に訴えない義務』を課し、1928年には、不戦条約(ケロッグ・ブリアン条約)において、戦争を国策の手段としては認めないと定めた。」

 そのような潮流は、戦後になってよりいっそう強まっていく。その基礎として、国連憲章が存在する。報告書は、次のように述べる。

「第二次世界大戦を防ぐことができなかった国際連盟の失敗を教訓として、1945年、国際連合が設立された。国際連合は、その憲章第1章第2条で、国際関係における武力行使を原則として禁止し、この規範は、大戦後の世界平和における基軸となった。......戦後の日本においては、世界中のいかなる場であれ、力による領土等の変更に常に反対する気持ちが国民の間で広く深く共有されており、政府の政策にも貫かれている。」

 この報告書は、あくまでも安倍首相の意向により、安倍政権のもとで設置されたものである。また、この報告書を参考にして、安倍首相が総理談話を発表するものとみなされている。この報告書で強く印象づけられるのは、20世紀に人類が発展させた戦争違法化の歩みの価値であり、その上に平和国家としての道を歩んできた日本の戦後の軌跡についての誇りである。当然ながら、このような戦争違法化の歩みは継続するべきであるし、平和国家としての歩みも守っていくべきである。日本国憲法第98条では、条約遵守義務が書かれており、日本は国連憲章に記されたこのような戦争違法化の流れを受け入れている。また、日本は国際社会の中で、国際法を忠実に遵守する国として高い評価を得ている。

 この報告書のなかでは、「20世紀から我々が汲むべき教訓」として、「国際紛争は力によらず、平和的方法によって解決するという原則」が指摘されて、「力による現状変更が許されてはならない」と論じられている。いま、安保法制に反対する一部の人々は、安倍政権が戦争をしようとしていると批判し、また徴兵制を導入して若者が戦場に送られると煽っている。上に述べたような歴史認識を前提にするならば、そのようなことはありえないと言うべきではないか。まず、国連憲章で戦争は違法化されており、日本が戦争をすればそれは国際法違反の批判を浴びることになるであろう。この報告書では、20世紀の歴史の回顧のうえにたって、「平和と発展に貢献する」必要が指摘され、「自衛隊は国際平和協力活動により積極的に参加し、世界の安定に貢献すべき」だという。

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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