コラム

ノーベル化学賞の北川進氏、生理学・医学賞の坂口志文氏...その研究成果と科学的意義、一般社会にとっての恩恵とは?

2025年12月12日(金)18時45分

今回ノーベル賞生理学医学賞を受賞した坂口氏ら3氏は、「制御性T細胞(Treg)」という"免疫の番人"を同定し、自己組織への攻撃を抑える仕組みを明らかにしました。

「制御性T細胞」は自己を攻撃する免疫細胞の活性を抑える特殊な免疫細胞です。免疫系で最も重要な細胞群であるT細胞のうち、制御性T細胞はわずか10%程度にすぎませんが、身内である他のT細胞が誤って自己を攻撃しないかを見張っています。


1990年代までは「免疫系が間違って自分自身を攻撃しない『自己寛容』を保つには、胸腺で自己反応性T細胞を除去する『中枢免疫寛容』だけで十分だ」という考え方が主流でした。

けれど坂口氏は1995年、制御性T細胞を同定し、「自己を免疫から守る仕組みは胸腺で完結するのではなく、体の末梢にも制御性T細胞を用いた免疫のブレーキ機構がある」という「末梢免疫寛容」の概念を確立し、免疫の概念を一新しました。

その後、ブランコウ氏、ラムズデル氏らのグループが、マウスの自己免疫疾患に関わる遺伝子(Foxp3)を発見しました。坂口氏らは未熟な細胞にFoxp3を導入すると制御性T細胞になることを示し、Foxp3こそが制御性T細胞の司令塔にあたる遺伝子であることを示しました。

現在、制御性T細胞は、免疫反応をコントロールして疾患治療に応用する研究が急速に進められています。

たとえば、臓器・骨髄移植後の免疫反応を抑制するために制御性T細胞を増やす薬剤や制御性T細胞そのものを投与する臨床試験が行われています。多くのがんではT細胞群における制御性T細胞の割合が増えていることから、制御性T細胞を減らしたり不活化したりする研究も進行しています。

また、アレルギーは通常は大きな害を与えない物質に対して体内で過剰な免疫反応が引き起こされることが原因なので、制御性T細胞を利用した「免疫にブレーキをかける療法」も注目されています。

制御性T細胞が自己攻撃性T細胞を抑制するメカニズムには未解明の部分が残っているため、細胞そのものに対する研究も引き続き行われています。特徴や機序が解明されることで、さらなる医学への応用が期待できます。

ナノメートルサイズの規則的な孔を無数に持つ多孔性材料

一方、2025年ノーベル化学賞は北川氏、リチャード・ロブソン氏(豪メルボルン大学)、オマー・ヤギー氏(米カリフォルニア大学バークレー校)の計3名に与えられました。受賞理由は「金属有機構造体(MOF)の開発("for the development of metal-organic frameworks")」です。

MOFはPCP(Porous Coordination Polymer;多孔性配位高分子)とも呼ばれます。金属イオンに有機分子が結合した構造をしており、ナノメートル(100万分の1ミリメートル)サイズの規則的な孔を無数に持つ、新しいタイプの多孔性材料です。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

英GDP、1月単月は横ばい イラン戦争で先行きに懸

ワールド

中国、米の貿易調査非難 「対抗措置の権利有する」

ワールド

高市首相、日米首脳会談で次世代ミサイル防衛参画表明

ビジネス

中東紛争で航空貨物運賃急騰、南アジア─欧州70%高
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのミュージカル入門
特集:教養としてのミュージカル入門
2026年3月17日号(3/10発売)

社会と時代を鮮烈に描き出すミュージカル。意外にポリティカルなエンタメの「魔力」を学ぶ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 2
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車整備は収入増、公認会計士・税理士は収入減
  • 3
    米軍も防ぎきれないイランのドローン攻撃──イラン製をモデルにした米国製ドローンを投入
  • 4
    「イラン送りにすべき...」トランプ孫娘、警護隊引き…
  • 5
    世界の視線は中東から日本へ...企業主導で築くインド…
  • 6
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 7
    ショーン・ペンは黙らない――「ウクライナへの裏切り…
  • 8
    「映画賞の世界は、はっきり言って地獄だ」――ショー…
  • 9
    2万歩でも疲れない? ディズニー・ユニバで足が痛く…
  • 10
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...撮影はパパ
  • 3
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」と言われる外国特派員の私が思うこと
  • 4
    「このままよりはマシだ」――なぜイランで米軍の攻撃…
  • 5
    キャサリン皇太子妃、英連邦デー式典に出席...公開さ…
  • 6
    職業別の収入に大変動......タクシー運転手・自動車…
  • 7
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗…
  • 8
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示…
  • 9
    40年以上ぶり...イスラエル戦闘機「F-35I」が、イラ…
  • 10
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だっ…
  • 1
    ロシア政府、痛恨のミス...プーチンの「健康不安説」を裏付けるような動画を公式に投稿してしまう
  • 2
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 3
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 4
    メーガン妃、娘リリベット王女との新ショット公開...…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    「日本より、自分の国(フランス)を心配すれば?」…
  • 9
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 10
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story