最新記事

EU

経済力で「地政学的」パワーを得ようとするEUの勘違い

WHAT EU “GEOPOLITICAL” POWER WILL COST

2019年12月20日(金)18時45分
ダニエル・グロー(欧州政策研究センター研究部長)

フォンデアライエン新欧州委員長は地政学的影響力を重視 FRANCOIS LENOIR-REUTERS

<「一帯一路」構想で中国の影響が及びつつある欧州だが、EUはガバナンス重視の原則を無視してまで「大国」としての矜持を経済力で保つ必要はあるか>

EUの新体制が12月1日に発足した。政策執行機関、欧州委員会の新委員長であるドイツのフォンデアライエン前国防相は、同委員会を「地政学的委員会」として位置付けると宣言。対外関係において主張を強め、特に大国が相手の場合はより強硬にEUの利益を追求すべきだという。

EUは統合軍も統合的な情報機関も持たないため、地政学的目標の達成には経済政策を手段にする必要がある。だがその政策ツールの在り方を見れば、域外での影響力行使にふさわしくないことがうかがえる。

EUにとって最も重要な政策ツールは、加盟国が一体となって行動する数少ない分野の1つ、貿易だ。EUは従来、域内の輸出国の市場アクセス最大化と特定産業(特に農業)の保護を目的とする貿易政策を実施してきた。こうした政策は地政学的目標に応じて微調整することが可能なのか。

具体例から浮かび上がる答えはノーだ。EUは北アフリカからのオリーブなどの農産物輸入に市場を開放して、同地域の成長を促進し、経済移民の流入に歯止めをかける必要があるが、イタリアやスペインの反対のせいで実現できていない。またEUは長年、バナナ輸入に関して、影響圏内にとどめておきたい相手(その大半は旧植民地だ)を優遇しているが、そんな政策は経済的に意味不明(より安価にバナナを生産できる国からの輸入をなぜ制限するのか)であり、WTOのルールに反する。

経済的てこの利用(というより誤用)が想定できるもう1つの分野が、旧ソ連諸国との関係だ。欧州には、「一帯一路」経済圏構想の下で幅広い国々(EU加盟国も含まれる)にインフラ事業向け低利融資を行う中国が、欧州大陸の周辺部を取り込んでいるのではないかと懸念する向きが多い。

経済力という手段の賢い使い方

だがこの場合も、ガバナンス重視の原則を放棄していいのかという問題がある。

EUが多くの建設プロジェクトを支援するバルカン諸国を例に考えてみよう。EUは支援に当たって、厳格な費用便益分析を行う。人口が比較的少ない地域の間をつなぐ高速幹線道路の建設は地元政治家の支持を得られるだろうが、経済的に見合わない。だからこそ、EUの融資機関である欧州投資銀行や欧州復興開発銀行は通常、この手の計画を支援しないよう勧告する。

中国に倣って、EUが無用の長物への融資を始めたら? 高額な維持コストが判明し、融資の返済期限が来た途端、当初の感謝の念が消えうせることは「一帯一路」に参加した多くの国の現状が証明している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

中国、外資優遇の対象拡大 先進製造業やハイテクなど

ワールド

リビア軍参謀総長ら搭乗機、墜落前に緊急着陸要請 8

ビジネス

台湾中銀、取引序盤の米ドル売り制限をさらに緩和=ト

ビジネス

政府、25・26年度の成長率見通し上方修正 政策効
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中