アングル:米中間選で広がるフェイク動画広告、有権者への悪影響に警鐘も
2025年9月、ワシントンの連邦議会議事堂で撮影。REUTERS/Kent Nishimura
Joseph Ax Helen Coster
[ニューヨーク 28日 ロイター] - ある動画がこんなふうに始まる――。野党民主党のテキサス州下院議員ジェームズ・タラリコ氏がテキサス州旗の前に立ち、満面の笑みを浮かべている。そしてカメラに向かい「過激化した白人男性こそが、この国で最大の国内テロの脅威だ」と語りかける。ここで「白人男性」とささやくような声が入り、タラリコ氏が「その通り。全くその通りだ」と続ける。
実はこの動画は、全国共和党上院選挙対策委員会(NRSC)が、タラリコ氏が数年前にソーシャルメディアに投稿した内容を元に人工知能(AI)で生成した広告であり、画面の右下に小さく、見落としてしまいそうな字体で「AI generated(AI生成)」と表示されている。
これは米国では11月の議会中間選挙を前に一部の選対陣営が「ディープフェイク(本物そっくりの画像や映像)」広告を展開し始めている事例の1つで、AI技術が猛烈なスピードで進化し、リアルな広告が簡単に作れるようになったことが背景にある。
一方、メディア界にはこうした広告に対する歯止めがほとんど存在しない。政治的なメッセージにおけるAIの利用を制限する連邦規制は存在せず、実効性がまだ十分に検証されていない州法の寄せ集めが適用されているに過ぎない。メタやXといったソーシャルメディア大手は、AIで生成されたコンテンツであることを示すラベルを一部で付しているものの、専門家によるファクトチェック制度は廃止し、ユーザーによる注釈を付けることで済ませている。
専門家は、こうした動画によって有権者が混乱したり、場合によっては欺かれたりする可能性を懸念している。今年の中間選挙は、共和党のトランプ政権の後半2年間にどの政党が議会を支配するかを決するもので、米国の行方を左右する重大な意味を持つ。
政治ストラテジストや専門家によると、こうした広告は実際に効果を発揮している。2025年に査読付き学術誌「ジャーナル・オブ・クリエーティブ・コミュニケーションズ」に掲載された研究では、人々はディープフェイク動画を見分けるのが難しく、この種の誤情報によって意見が左右されることが示された。
専門家の見解やロイターが行った公開広告の調査結果に基づくと、今回の選挙戦では民主党よりも共和党の方が、AI技術をより頻繁に活用しているようだ。共和党が踏襲しているのは、トランプ政権下のホワイトハウスのメディア戦略だ。トランプ政権は、抗議者をおとしめるものから対イラン強硬姿勢を煽るものまで、AI生成動画やゲーム風のミームを多数、ソーシャルメディアに投稿している。
タラリコ氏が登場する広告はNRSCが最近制作した3本のディープフェイク広告の1つ。NRSCのジョアンナ・ロドリゲス広報部長はこの広告を擁護し、民主党は「ジェームズ・タラリコ氏自身の言葉を見聞きして、パニックに陥っている」と述べた。
一方、タラリコ陣営の広報担当であるJT・エニス氏は、対立候補が「テキサス州民を欺くためにディープフェイク動画を作ることに時間を費やしているが、われわれは11月の勝利に向けてテキサスの人々を結集させている」と語った。
民主党の中で、AI生成動画の活用が最も目立つのは、28年の大統領候補とも目されるカリフォルニア州のニューサム知事だ。ニューサム氏は、ディープフェイク動画を用いて、たびたびトランプ氏を挑発したり揶揄したりしてきた。ただし民主党の全国選挙委員会は、中間選挙においてAI広告をNRSCほどは活用していない。
<広告による誤情報リスク>
11月の選挙で民主党のジョン・オソフ上院議員に挑戦する、ジョージア州選出の共和党下院議員マイク・コリンズ氏の陣営は、オソフ氏が次のように語っているかのように見えるディープフェイク動画を制作した。「私は、政府閉鎖を続けることに賛成票を投じたばかりだ。(閉鎖は)農家を傷つけると言われているが、知ったことじゃない。農場なんて、インスタグラムでしか見たことがないのだから」という内容だ。
コリンズ陣営の広報担当者は声明で、技術が進化する中、同陣営は「偏った既存メディアの報道を離れ、有権者に直接メッセージを届けるために、新たな戦術や戦略を最前線で積極的に取り入れていく」と述べた。
ディープフェイクに詳しいパデュー大学のダニエル・シフ教授は、誤情報を拡散する政治コンテンツの増加が、米国の有権者による制度への信頼をさらに損なうリスクがあると指摘。「選挙や民主主義制度の厳格さや信頼性を損なうこと、さらには候補者や社会問題について人々を誤解させること――そうした種類の害が、これまで以上に一気に増幅されてしまう危険がある」と警告した。
政治ストラテジストは、AI生成動画は説得力があり、時間やコストの面でも効率的だと述べつつ、倫理的に使用される必要があると強調している。またAI技術は、ソーシャルメディアで視聴・拡散しやすい視覚形式を持つ、政治風刺の手段にもなり得る。
<規制で後れ取る州政府>
AI広告を巡っては事実上、連邦レベルの規制が存在せず、州政府が後追いで対応している状態だ。リベラル系消費者擁護団体「パブリック・シチズン」でAI関連の州の法制度部門を率いるイラナ・ベラー氏によると、28州で政治広告におけるAI利用に対処する法律が成立しているが、その多くは全面禁止ではなく、表示義務に重点を置いている。
しかし、こうした法律には限界がある。多くは選対陣営にのみ適用され、AIを使った誤情報を拡散する恐れのある一般のSNS利用者には適用されない。またシフ氏によると、注意を促すラベルは虚偽広告による有権者への影響を防ぐ上で効果が薄いことを示す研究結果もある。
共和党の全国ストラテジスト、ブレイディ・スミス氏によると、AI技術は安価で利用しやすいため、地方選の候補者や地方政治団体も使用している。
フェイクだということが露骨な広告もある。ジョン・コーニン上院議員に選挙戦を挑んでいるテキサス州司法長官ケン・パクストン氏が共和党予備選向けに公開した広告では、AIで生成されたコーニン氏が民主党のジャスミン・クロケット下院議員と踊る様子が映し出され、このようなナレーションが入る。「公の場では敵同士。だが、裏では完璧に足並みをそろえている」。そして最後に小さな文字で「一部のAI生成コンテンツは、実際の出来事を反映しない風刺である」との注記が表示される。
これに対しコーニン陣営は、パクストン氏がオープンカーを運転し、「愛人その1」「愛人その2」と描写された女性たちを同乗させているAI生成広告を公開。選挙期間中につきまとってきたパクストン氏の不倫疑惑を強調した。
選挙戦におけるこうしたフェイク動画による応酬は、生成AIを使った攻撃が、いかに急速に日常的な選挙メッセージの一部になりつつあるかを浮き彫りにしている。シフ氏は「政治家や選対陣営が、こうしたことを常態化させ続けるのは有害だ」と懸念を示した。





