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アングル:託児所整備にiPhone供与、米航空業界が人員確保に躍起

2023年03月06日(月)07時10分

 2月27日、北米の航空・空港業界が、人員の獲得に奔走している。写真は空港付近で建設が進む保育施設。2月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州にあるケロウナ国際空港で撮影(2023年 ロイター/Artur Gajda)

[27日 ロイター] - 北米の航空・空港業界が、人員の獲得に奔走している。新入社員や低スキル労働者の給与は米アマゾン・ドット・コムのような電子商取引(EC)大手企業などに比べて引けを取るものの、タイトな労働市場でも目を引くよう、あの手この手を尽くしている。中には託児所の設置や交通費の減免のほか、iPhone(アイフォーン)の無償支給まであるという。

昨年夏の繁忙期には、手荷物や顧客対応担当のスタッフが不足し、長い行列や荷物の遅延が発生した。新型コロナウイルス感染症のパンデミックの直撃を受けた業界の回復に水を差す結果となり、労働者の確保に向けた新たな取り組みの必要性が意識されるようになった。

「もし従業員を昼夜問わない異常なシフトで働かせたいのなら、その家庭生活の面倒も見られるようにしないといけない」

国際空港評議会(ACI)のトマス・ロミグ副会長は託児所を例に挙げ、こう指摘した。

「空港は採用や雇用の維持、育成やスキルアップのために多様な取り組みを始めている」

世界の空港が加盟するACIは、従業員が市街地中心部から離れた24時間勤務体制の職場でも問題なく働けるよう、労働環境の指針策定の準備を進めている。

業界が抱える大きな課題の一つに、低賃金と重労働による長期的な人材難がある。パンデミックのほか、米国で53年ぶりとなる歴史的低水準の失業率が影響し、問題は一段と悪化している。

空港業界の採用は2022年の1年間でパンデミック前の水準まで回復。ただ、昨年にコロナ前の水準まで回復した米国の旅行需要は、今年さらに増加する見通しで、空港業界にはさらなる採用の増加が求められている。

<「託児所がやってくる」>

雇用サービスを提供するジップ・リクルーターによれば、米空港業界の平均時給は18ドル(約2450円)に満たず、アマゾンなどEC企業の平均時給33ドルと比較するとその差は歴然としている。このため、採用には「特典」が欠かせない。

保育プログラムも特典の一環だ。これまでカリフォルニア州を除く北米の空港には、ほとんど託児施設が設置されてこなかった。だが、そうした状況は変化しつつある。

アリゾナ州にあるフェニックス・スカイハーバー国際空港を運営するフェニックス市航空局は、空港職員向けの保育プログラムを開始し、空港敷地内に託児所を建設する計画を進めている。約900人の社員を抱える当局では、171件ある求人のうち131件が未だ空席のままだ。

プログラム開始以降、37人の空港職員が利用し、保育料の一部援助を受けている。フェニックス市は、空港施設に隣接する別の保育所設置にも100万ドルを投じる予定だ。

市の特別事業担当者マシュー・ハイル氏はこうした取り組みについて、パンデミック後の復職や空港運営を円滑にするためだと説明した。

カナダ西部ブリティッシュコロンビア州にあるケロウナ国際空港でも、空港施設で働く人々の子供たちを優先的に受け入れる託児所の建設が進められている。

空港運営部門のシニアマネージャー、フィリップ・エルチッツ氏によれば、あるカスタマーサービス担当のシングルファーザーは、この保育事業の存在で退職を思いとどまったという。

「保育所ができると知り、彼は求職活動をやめた。これこそ、私たちが目指していることだ」

ケンタッキー州にあるシンシナティ・ノーザンケンタッキー国際空港の広報担当、ミンディー・カーシュナー氏は、職員に魅力的な福利厚生サービスを提供できるよう、同空港でも敷地内もしくは近隣での保育所設置を検討していると述べた。

既に託児所が導入されているカリフォルニア州内の複数の空港では、従業員のための新たなサービスを始めている。

サンフランシスコでは7月から通勤手当を拡充する。空港の広報担当者によれば、公共交通機関を利用している従業員向けの交通費補助を5割以上増やして1カ月あたり200ドルまでを上限とするほか、遠方に住む従業員には無料シャトルバスを試験的に導入する見込みだ。

ケロウナにある空港でも、公共交通機関が動いていない深夜や早朝の送迎サービスを検討しているという。

<車やiPhoneの無償支給も>

採用で苦境に立たされているのは航空会社も同様だ。

米デルタ航空はミネソタ州ミネアポリスで、ランプエージェントの採用に5000ドルのサインオンボーナス(入社一時金)を支給している。地上で飛行機を誘導するこのポジションは、空港業界の中でも負担の大きい職務とされ、ユナイテッド航空やアラスカ空港なども同様に一時金を設けて採用のてこ入れを図っている。

デルタ、ユナイテッド、アラスカ航空の3社にグランドハンドリング(地上支援業務)の人材や設備を提供するユニファイのイン・マクファーソン最高戦略責任者は、労働市場がひっ迫する中、採用にかかるコストがパンデミック前の水準に比べて6割も増加したと述べた。

離職率がパンデミック前の水準を上回るユニファイでは、人材維持のために「奨励プログラム」に注力しているとマクファーソン氏は話す。

広報担当者によれば、同社は昨年、業績目標を達成した従業員のうち3人に新車を、3000人以上にiPhoneなどのスマートフォンをプレゼントしたという。現在は、緊急時の資金援助や、家電製品・パソコン購入時の費用支援などが受けられる長期的なプログラムを実施している。

空港・航空企業はこのほか、追加雇用にかかるコストを削減するため、必要な職員を飛行機で呼び寄せ、周辺のホテルに一時的滞在させながら勤務してもらうケースもあるとマクファーソン氏は説明する。

アメリカン航空などと提携する施設サービス・運営専門企業グルポ・オイレンはグランドハンドラーの雇用について、今年は入社一時金制度が減る一方、賃金が6ー8%上昇すると推測する。

ただ、労働組合からは、業務がある企業から別の企業へと流される「契約転換」が頻繁に行われる中でも人員を確保し続けるには、業界側のさらなる努力が必要だとする声も上がる。

カナダ最大の民間労働組合ユニフォーのヤバル・カドリさんは、トロントにある国内最大の空港で夜間警備の契約社員として勤務していた過去15年間のうちに2度の契約転換があり、給料が5%カットされ、歯科治療費の補助も失ったという。

ユニフォーによると、カドリさんのような新人警備員の平均時給は15.55カナダドル(約1550円)で、6年間勤務しても16.14カナダドルにしか上がらず、賃金上昇率が低い。

「複数の仕事を掛け持ちする人や、大幅な時間外労働をする人もいる。業界の体制全体が、非常に悪質な労働環境を作り出している。皆が疲れている」と、カドリさんは訴える。

カドリさんだけではない。ミネソタ州にあるミネアポリス・セントポール国際空港で荷物管理をしていたジャレッド・バーカーさん(33)は昨年、パンデミックによる大量離職で仕事量が急増したことから退職。業界をも去った。

現在は保険のセールスをしているバーカーさんは、当時をこう振り返る。

「(荷物係の仕事で)心身ともに消耗しきってしまった」

(Allison Lampert記者、Rajesh Kumar Singh記者)

ロイター
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