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焦点:日銀ETF購入の「出口」、市場が描く5つのシナリオ

2018年01月24日(水)17時51分

 1月24日、日銀によるETF(上場投資信託)買いの「出口戦略」について、黒田東彦日銀総裁は慎重な姿勢を示したが、市場では依然思惑がくすぶっている。昨年6月撮影(2018年 ロイター/Toru Hanai)

[東京 24日 ロイター] - 日銀によるETF(上場投資信託)買いの「出口戦略」について、黒田東彦日銀総裁は23日の会見で慎重な姿勢を示したが、市場では依然思惑がくすぶっている。

景気拡大や物価上昇が順調に進めば、今年中にも長期金利目標の修正があり、その際にETF購入額も見直されるとの見方が根強いためだ。将来的な選択肢として購入量減額や市場への売却だけなく、個別企業や特定投資家への売却、別機関への棚上げなども取り沙汰されている。

1.テーパリング

「出口」の第1段階は、年間約6兆円の購入量を減らす「テーパリング」になるとみられている。日本株は26年ぶりの高値に上昇しているとはいえ、保有株をいきなり市場で売却すれば影響が大きくなる可能性があるためだ。

テーパリング開始のタイミングについて、市場の見方は分かれている。2018年中はないとみる見方も多いが、JPモルガン証券は、コアコアCPI(消費者物価、除く生鮮食品・エネルギー)が前年比1%まで上昇する今年9月と予想。後ずれリスクがあるとしながらも、現在ゼロ%の10年長期金利ターゲットを0.25%に引き上げ、ETFも現在の年6兆円から減額すると見込んでいる。

ETF購入は、現在、日銀が採用している「長短金利操作付き量的・質的金融緩和策」(YCC)の政策パッケージのうちの1つというのが、今の日銀の見解だ。日本株が26年ぶりの高値水準に上昇しているからといって、ETFだけが減額されることはないとの見方が市場では多い。

減額の規模はどの程度か。市場では半減となる3兆円規模との見方もあるが、三菱UFJモルガン・スタンレー証券・投資情報部長の藤戸則弘氏は「海外投機筋に格好の売り材料を提供することになりかねない」と指摘。日経平均が2000─3000円下落してもおかしくないとして非現実的だとみる。

藤戸氏は、いきなり半減させるのではなく、最大でも年間5000億円のペースで減らしていくべきだと話す。市場に予見可能性を与え、相場に過大なインパクトを与えることを防げるという。  

具体的な減額幅を示さず、買い入れペースを落とす、いわゆる「ステルス・テーパリング」もありうる。日銀は、YCC政策導入後も、年間80兆円増額という長期国債購入額の「看板」は下ろしていないが、目標ではなく目安であるとし、実際は50─60兆円ペースにまで落ちている。

ニッセイ基礎研究所・シニアエコノミスト、上野剛志氏は「6兆円の買い入れ方針を掲げ続けながら『未達でも問題ない』というスタンスに変更する可能性がある」と指摘。そうであれば、日本株市場への影響は明確に減額するケースより抑えられるという。

ただ、国債の「量」から金利の「水準」に政策の軸を移したように、株式市場でもETF購入の「量」から、例えば、固定的な日経平均の「水準」を目指すような政策手法の転換はできない。

このため、市場では「ステルス・テーパリングの思惑が出れば、それだけで相場にネガティブな影響が広がる」(国内証券)と警戒する声も多い。

未達幅が大きくなり過ぎて、市場が動揺するなど対外的な説明が必要になる場合には「未消化額を翌年に繰り越すといった手段を付随的に講じ得る」(ゴールドマン・サックス証券の日本経済担当チーフ・エコノミスト、馬場直彦氏)との見方もある。

2.保有株を市場で売却

テーパリングの次のステップは、保有株の売却だ。ETFは株式であり、国債と異なって満期(償還)がない。売らない限り日銀のバランスシートに残り続ける。株価が下落すれば、含み損を抱える恐れもあり、財務の健全性や国民負担を考慮すれば、早く売却するに越したことはない。

ニッセイ基礎研究所・チーフ株式ストラテジスト、井出真吾氏の推計によると、昨年12月末時点で、日銀ETFの損益分岐点は日経平均で1万6678円。同日の終値2万2765円から26.7%下落すれば、含み損に転ずる計算だ。

しかし、市場への売却は容易ではない。日銀のETF保有額は1月20日時点で簿価17兆円(自己資本は8兆円)。昨年9月末の評価益は4兆円だった。仮に10年かけて簿価で売却したとしても、年間1.7兆円になる。2017年の現物株でみれば、生損保と都銀・地銀を合計した売り越し額1.4兆円を上回る。

バブル的に相場が過熱した局面であれば、保有株売却は「むしろバブルを抑制する効果が期待できる」(国内投信)との声もある。しかし「バブル崩壊の引き金を引きかねない」(別の国内証券)と警戒する声も強い。

実は、日銀はすでに株式を売却している。日銀が2002年11月から04年9月と、09年2月から10年4月の2回、買い入れた金融機関保有株式だ。2016年4月から年間3000億円の市中売却を再開している。

しかし、日銀は株式売却の一方で、設備投資などに積極的な企業に連動するETFを組成し、年間3000億円買う方針を15年12月の金融政策決定会合で決定した。相場へのインパクトに配慮したためだが、市場では「銘柄入れ替えにすぎず、出口戦略などとは到底いえない」(別の国内証券)との声も出る。

この件をみてもわかるように、保有株の売却のハードルはかなり高い。そのときの経済・市場の状況に左右される上、市場や財界からの抵抗圧力も強くなりそうだ。

3.GPIFなど特定投資家を受け皿に

特定の投資家に、相対でETFを売却するシナリオもある。市場を経由しないことから、直接的な売りインパクトは出ない。

「日本株の将来的な値上がりが見込めるなら、海外のファンドなどが買う可能性はゼロではないだろう」(国内投信)とされる。ただ、日銀の保有額の受け皿になれるほど多くの買い手が現れるかは不透明だ。

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)に買い取りを求める方法もある。9月末時点で、GPIFの日本株の構成比率は24.3%。基本ポートフォリオでの日本株式の割り当て25%に接近しているが、上下に許容乖離(かいり)幅を9%設けており、全く余裕がないわけではない。

国家公務員共済組合連合会、地方公務員共済組合連合会、日本私立学校振興・共済事業団の「3共済」も基本ポートフォリオ上の株式の比率は概ね25%前後で、GPIFを合わせた4者の「のりしろ」部分を含めると、余力は約19.5兆円に達する。

ただ、日銀のリスクが年金に移転することに国民の理解が得られるかは不透明で「政治的な可能性を考えると、現実味は乏しい」(国内シンクタンク)との声も出ている。

4.企業が自社株買い

日銀保有のETFを個別株にばらして、各企業に自株買いを実行してもらうシナリオもある。企業は自社株買い用の資金を使うことになるので、市場から買う自社株買いが減り相場にはネガティブな影響が出るとの見方もあるが、このシナリオの支持派は、潤沢な内部留保を使って今以上に自社株買いをしてもらえばいいと指摘する。

その背景には、米国企業に比べて還元率が低い、日本企業の自社株買いの状況がある。野村証券・リサーチアナリスト、西山賢吾氏によると、米企業は総利益を上回る100%以上の総還元率を続けており、そのうち自社株買いが3分の2を占める。一方、日本企業の総還元率は利益の4割程度で自社株買いは4分の1程度だ。

いちよしアセットマネジメントの上席執行役員、秋野充成氏は「日銀が日本企業の自社株買いを代行していたと捉えることができる」と指摘。個別企業が日銀から買い入れれば、相場にも悪影響が出ないで済むと話す。

もっとも、対象企業の財務面での余裕はまちまち。ETFの対象は優良企業とみられる東証1部企業(TOPIX)とはいえ、すべての企業が日銀からの自社株買いに応じられるかは不透明だ。

売却の値段をどうするかも問題となる。時価で買ってくれればいいが、自社株買いは企業が自社の株価が低いとみたときに買うのが基本。日銀が買った時点の簿価であっても、企業が安いと判断するかはわからない。

5.買取機構を設立し棚上げ

日銀保有株を別の機関にそっくり移管する方法もある。「市場にインパクトを与えずに日銀のバランスシートからリスクを切り離す手法としては有効」と三井住友アセットマネジメント・チーフマクロストラテジスト、吉川雅幸氏はみる。

過去には、1960年代の株価暴落時に株式の買い取りを行った日本共同証券と日本証券保有組合の例がある。東証1部の時価総額に対する保有比率は共同証券が2.8%、保有組合が3.5%と、現在の日銀の2.5%より高かったが、それぞれ5年2カ月、2年10カ月と短期間で処分を完了した。

当時の保有株式の処分先は、銀行や発行体の関連企業、役職員が過半を占め、市場での売却割合は高くなかった。ただ、今では銀行が株式を保有しにくくなっているほか、合理的な理由がなければ事業会社や金融機関の間で株式を持ち合うことも難しく、受け皿は見つけにくい。

最近の事例としては、銀行等保有株式取得機構も参考になりそうだ。同機構は2000年代初頭、銀行の株式持ち合い制限に伴い短期間に大量の株式が市場で売却されて適正な株価形成が損なわれる事態を抑制するため設立された。

買い取った株式の処分は市況が安定している時期に進め、低迷している時期には抑制することを基本とし、市場へのネガティブ・インパクトを抑えるよう配慮された。簿価は2004年に1.5兆円に膨らんだが、株高基調にあった2007年ごろにかけて処分を進め、いったんは5000億円程度に減少した。

リーマン・ショック後に一時売却を凍結し、再び簿価は膨らんだが、数年前からは事業会社に対し取得機構が保有する株式を自社株買いに利用できることをアピールしており、2015年度以降、自社株買いに応じて数百億円規模の処分実績も出始めている。

保有株式の17年3月末の簿価は1.5兆円、時価2.5兆円。リーマン・ショック後に危機対応として実質的な買い取り枠となる政府保証を20兆円に拡大している。規模だけに着目すれば、現在の日銀ETFを買い受ける程度の余地はありそうだ。ただ、同機構の設立趣旨を踏まえれば、日銀からのETF買い取りはなじまない。

日銀保有のETF処分の受け皿となる新たな機構を設立するとしても、いずれは保有株を処分する点では同じだ。日銀のバランスシートをクリーンにする面では一定の効果が見込めても「単なる付け替えに過ぎず、処分する際の株価へのインパクトの観点からはあまり変わらない」と大和総研の主任研究員、太田珠美氏は指摘している。

(平田紀之 編集:伊賀大記)

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