マリリン・モンローの早すぎる死は「モンロー神話」を織り成す要素の1つとして、ファンの想像力をかき立ててきた。同時に、死因をめぐってさまざまな説を呼んでいる。
1962年に36歳で亡くなったモンローが、最後の住まいとなった邸宅で暮らしたのは、約半年間にすぎない。それでも、ロサンゼルスのブレントウッド地区フィフス・ヘレナドライブ12305番地に位置する「モンローが死んだ家」は、ファンの巡礼先の1つと化している。
ファンの熱意は、大きな影響を招いている。今年1月、邸宅の現所有者はロサンゼルス市を提訴した。同市議会が2024年、この家を歴史的文化財に指定したことで、取り壊しや再開発計画が阻止されているとの主張だ。
市側は、現所有者は「当該物件が有名な観光地で、歴史的建造物指定の候補」と認識していたと反論している。つまり、モンローという存在がついて回る物件だと承知していたということだ。
だがブレントウッドの家を記念碑として解釈するなら、その実体を考えなければならない。筆者は23年に発表した研究で、生前のモンローにとってこの家が持った意味と、建築デザイン自体が引き起こす記憶や場所、そして伝説をめぐる問題も考察している。
1926年にロサンゼルスで生まれたモンローの子供時代は不安定で、市内を転々としていた。最後の住まいになったのは自身の誕生から3年後に建てられた家だ。
20世紀初頭に開発されたブレントウッドは当時、大物俳優や映画会社幹部が自宅を構えるエリアだった。もっとも、ヘレナドライブの袋小路の1つにある12305番地の家は建築面積約240平方メートルで、比較的控えめなたたずまいだ。
1926年にロサンゼルスで生まれたモンローの子供時代は不安定で、市内を転々としていた。最後の住まいになったのは自身の誕生から3年後に建てられた家だ。
20世紀初頭に開発されたブレントウッドは当時、大物俳優や映画会社幹部が自宅を構えるエリアだった。もっとも、ヘレナドライブの袋小路の1つにある12305番地の家は建築面積約240平方メートルで、比較的控えめなたたずまいだ。
その温かみのある様子や周辺の特権的な雰囲気は、モンローの子供時代の環境と対照的だった。一方で、赤い瓦屋根といったスパニッシュコロニアル・リバイバル様式の建築デザインは、また別の苦い過去を物語っている。
建築史学者が指摘するように、19世紀後半から1930年代にかけて広がったリバイバル様式の流行は、カリフォルニアの歴史を理想化して再構築しようとする動きだ。スペイン統治時代を想起させる一方で、先住民への暴力という裏面には触れない。地中海地域の建築を手本にしたのは、伝統的に影響が強いメキシコよりも、欧州を重視する人種観の表れだった。
ところが、第2次大戦後のポピュラー文化や観光業によって、メキシコは憧れの地に一変した。モンロー自身、ブレントウッドの家を「本格派の小さなメキシコ式住宅」と表現している。
同時に、その家はモンローの人生最後の数カ月間を悲劇的に語る際の舞台装置として機能する場所になっている。とはいえ本人にとっては、可能性に満ちた新居だった。
自宅は「何らかの苦境にある友人のための」避難所だと、モンローは考えていた。今や有名になった玄関のタイルには、ラテン語で「私の旅はここで終わる」と記されている。安住という希望の象徴と受け止めたモンローは、ここで生きることを望んでいた。
だが友人らは後に、そんな家を病的な空間として回想した。「殺風景で中途半端な雰囲気の室内だった」と、ある人は語っている。何より災いしたのは、その「メキシコ風」の内装が、モンローの精神科医のインテリアと酷似していたことだ。住人に独自の好みがない証拠で、さらに言えば、一貫したアイデンティティーが欠如している印だと、周囲の一部は受け止めた。
こうした見方は、ある事実を無視している。モンローは61年、友人(で、一時は恋人)だったフランク・シナトラから借りた家で暮らしていた。建築家ポール・R・ウィリアムズの設計で50年代半ばに建てられた住宅は、リバイバル様式に代わるモダニズム建築を体現し、東アジア風の内装は黒、灰色、白、オレンジで統一されていた。
異なる2つの様式について知識があったモンローは、ブレントウッドの家で意識的な選択をしていたはずだ。だがその死後、陰惨な筋書きに「最後の家」をはめ込む動きの中で、主体的に住まいづくりをする姿はかき消されてきた。
自宅が観光名所どころか、記念碑になったと知ったら、モンローは動揺したに違いない。生前最後のインタビュー前に、こう話している。
「自分が住む場所を人目にさらしたくない……(戯曲の)『エブリマン(普通の人)』を知っている? 私は『エブリマン』という空想の中にとどまりたい」
16世紀初め、イギリスで出版された道徳劇の代表作に触れた発言は、本人が予想しなかったはずの意味を帯びることになった。同戯曲の主人公は死ぬ運命にあるからだ。
現代のエブリマンたちは、モンローが大切にしていた家とそこで迎えた死から、陰謀論や謎を紡ぎ出す。だが「最後の家」は、はるかに心を動かす問いも秘めている。生き続けていたら、彼女はそこでどんな人生を送ったか、と。
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Ana Salzberg, Senior Lecturer in Film Studies, University of Edinburgh
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
Reference
Salzberg, A. (2024). Marilyn Monroe’s mystery house: reappraising Fifth Helena Drive. Celebrity Studies, 15(4), 556–571. https://doi.org/10.1080/19392397.2023.2256900
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