アラン・グリーンスパンは、ワシントンで伝説として語られるにふさわしい経歴を残してこの世を去った。「マエストロ(巨匠)」の異名は伊達ではなかった。
米連邦準備制度理事会(FRB)議長を5期務め、4人の大統領から任命を受け、就任直後には1987年の株価大暴落「ブラックマンデー」に対応。多くの人々から、「インフレなき経済成長」の時代を支えた立役者と評価された。
一方でグリーンスパンは、2008年の金融危機につながる規制緩和を推し進めたFRB議長としても知られる。
「マエストロ」は実は、自らが監督すべき金融システムを見誤った人物だったのかもしれない。積極的な金融規制緩和が生み出したシステム全体の脆弱性を見抜けなかったのだ。
グリーンスパンは6月22日、パーキンソン病の合併症により100歳で死去した。その死が浮かび上がらせた最後の教訓は、ドナルド・トランプ米大統領にとって皮肉な遺産だ。
トランプは、インフレを警戒して利下げを拒否したジェローム・パウエル前FRB議長に景気刺激のための利下げを求め、公然と批判した末、後任に投資銀行幹部のケビン・ウォーシュを指名した。
大統領によるこうした介入は、政治は金融政策に干渉しないという数十年来のタブーを破るものだ。
そして、トランプによるFRBへの一連の介入は、「適切な人物をFRB議長に据えれば経済を思い通りに動かせる」という発想をあらためて浮き彫りにした。
いわば「議長崇拝」である。
しかし、それこそがグリーンスパンが最終的に否定した幻想だ。
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