コラム

ゴーン解任劇に潜む日仏文化摩擦の種

2018年11月28日(水)17時30分

ゴーン解任は、日本とフランスの関係にまで、影響を及ぼしそうな気配  Regis Duvignau-REUTERS

<今回のゴーン解任劇に対し、フランス人が驚き、疑念を抱いている点が3つある>

今年、2018年は、江戸時代末期の日本とフランスが日仏修好通商条約を締結して160周年にあたる。それを祝って、両国で華やかな文化行事が行われ、ハイレベルの要人往来も行われた。そして、日産とルノーのアライアンスは、永年の日仏交流のなかで最大級の成果として、日仏双方から称えられてきた。

そうしたお祝いムードに、今回の突然のゴーン解任劇は、冷水を浴びせた。しかも、日産とルノーの関係だけでなく、日本とフランスの関係にまで、影響を及ぼしそうな気配なのだ。

その原因となっているのは、今回の解任劇をめぐる日本とフランスの間の認識のギャップである。

もとより、フランスの認識といっても、すべてのフランス人が一枚岩というわけではない。フランスのメディアが、ブルータスや明智光秀まで例に挙げてスキャンダラスに伝える陰謀論やクーデター説に、フランス政府は少なくとも公式には与していないし、フランス経済界の大半も表面的には慎重な見方を崩していない。

フランス経済界では、ゴーン氏は成功者として讃えられてはいたが、模範とされる存在ではなく、むしろ異端視されてきた。「フランス的景色の中ではUFO」と評する経済人もいる(フィガロ紙)。また、ゴーン氏のルノー社での高額報酬は、フランス国内でもたびたび批判されてきた。ルノー内部でもゴーン氏が同様の手口をしていないか調査が行われており、フランス大統領府も日産・ルノーの企業ガバナンスにおいて「ゴーン問題」という要素が潜んでいなかったかに関心を持っていると伝えられている。

それにも拘わらず、今回のゴーン解任劇に対し、フランス人が驚き、疑念を抱いているのは、次の3点である。

犯罪者か、犠牲者か

第一に、ゴーン氏は本当に犯罪者なのか、むしろ犠牲者なのではないかという点である。ゴーン氏の逮捕と解任につき、十分な理由と証拠が開示されない限り、推定無罪とすべきではないかと考える一方、もし仮に、伝えられるゴーン氏の罪状(有価証券報告書虚偽記載、海外での不動産購入など)が事実だとしても、それがどうしてゴーン氏個人の犯罪として裁かれなければならないのか、という疑問である。

ゴーン氏による権限の濫用があったとして、どうしてそれが企業ガバナンスの問題として、企業内部で処理・修正されなかったのかということだ。日産ほどのグローバル企業が、それほど一個人に牛耳られていたというのは、にわかには信じがたい。それほど経営のチェック機能が働いていなかったのか、体制がなっていなかったのか。

西川社長は「長年ゴーン氏が権力者として君臨していた弊害」を挙げたが、それを許し、しかも支えてきたのは誰だったのか。少なくとも日本人役員を含む経営全体の責任ではないのか。こうした見方に立てば、ゴーン氏だけが犯罪者扱いされるのはおかしいということになる。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学名誉教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より2019年まで東京外国語大学教授。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請1.8万件増の24.1万件、2カ

ワールド

米・ウクライナ鉱物協定「完全な経済協力」、対ロ交渉

ビジネス

トムソン・ロイター、25年ガイダンスを再確認 第1

ワールド

3日に予定の米イラン第4回核協議、来週まで延期の公
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 9
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 10
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story