最新記事
福祉

福祉制度縮小の波...日本が進べき「縮小ではない合理化」の道とは?

THE DECLINE OF SOCIAL WELFARE

2025年11月4日(火)08時00分
河東哲夫(本誌コラムニスト、元外交官)
日本の医療・介護の課題は「維持」にある buritora-Shutterstock

日本の医療・介護の課題は「維持」にある buritora-Shutterstock

<西欧諸国が福祉制度の縮小に動く中、日本の医療・介護は依然として世界屈指の充実度を誇る。課題は、どう維持するかだ>


▼目次
日本の医療・介護は充実している
日本が選ぶべき「縮小ではない合理化」の道

この頃、年金・介護・医療など、20世紀に発達した社会福祉システムが、財政、人手の限界に直面し、縮小の機運にある。

米共和党は医療保険を拡充した「オバマケア」を目の敵にし、イギリスは障害者向け給付や年金受給者の暖房費補助の削減、フランスは年金水準の凍結、医療の自己負担増などを実現しようと大騒ぎ。

福祉国家の模範デンマークでさえ、生活保障や失業保険が縮小されている。

西欧近代の「自由・民主」はトランプ米大統領がずたずたにし、もう1つの近代のシンボル、社会福祉ももう持たない。

筆者が育った終戦直後の日本では、医療はまだしも、年金や介護は夢のまた夢。だいたい当時は月給が1万円そこそこの時代だ。

年寄りは自力、あるいは家族の世話になって生きるしかなかった。今の手厚い福祉制度は近代の産物で、その前は慈善しかなかったのである。

中世西欧の都市には「救貧院」があったし、古代メソポタミアでも、王や神殿が貧者や病人を保護した記録が残る。この「権力者や金持ちが貧乏人に恵む」方式の慈善は、19世紀末の西欧で議会・政府を巻き込んだ「福祉」へと変貌する。

当時、産業革命で増加し、選挙権も獲得した工場労働者たちが社会主義政党になびくのを防ぐ──これが1883年に労働者の疾病保険法を世界で初めて導入した独宰相ビスマルクの狙いだった。

福祉はその当初から、政治家の票獲得手段、つまり実質的な買収行為(原資は国民の税金)としてスタートし、今もその性格は変わっていない。

イギリスは第1次大戦勃発で1916年には徴兵制を導入。その不満をなだめるために18年、成年男子全員に選挙権を与えた。

第2次大戦ではベバリッジ報告を発表。「ゆりかごから墓場まで」の社会保障という夢を国民に提示し、戦後に実施する。

日本の医療・介護は充実している

戦後、先進諸国間の戦争はなくなり、国家が国民を戦争に徴募することも廃れた。

税を取り立てて軍を充実させ、帝国を築くのが西欧「国民国家」の使命だったのが、戦争がなくなってみると、国家に残された仕事はゴミ集めや福祉・医療など、国民に奉仕することだけになってしまった。

福祉は国家の重荷となる。真っ先にその犠牲となったのはなんとソ連で、ろくにモノを作ることもなく、国民全員に医療と年金を保証し、莫大な補助金で食品や日用品の価格を抑えていた体制は91年に崩壊した。

社会福祉体制は、今や政権を倒しかねないものとなった。

われわれは手厚い福祉体制を維持できるのか? 日本人は文句を言うが、日本の医療や介護の体制は世界でも最も充実した部類だ。

西欧諸国では、病院での診療まで1カ月以上待たされるのが常態化している。アメリカの金持ちは、高い料金を払ってシャトーのような介護施設で老後を過ごす。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

リーブス英財務相、広範な増税示唆 緊縮財政は回避へ

ワールド

プーチン氏、レアアース採掘計画と中朝国境の物流施設

ビジネス

英BP、第3四半期の利益が予想を上回る 潤滑油部門

ビジネス

中国人民銀、公開市場で国債買い入れ再開 昨年12月
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 8
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中