最新記事

東南アジア

高級官僚のポストを「倍増」し、与党幹部の親族に「ばら撒き」...世襲大国カンボジアの罪

Cambodia’s Elite Inflation

2023年9月7日(木)18時16分
セバスチャン・ストランジオ(ディプロマット誌東南アジア担当エディター)

とめどなく増えるポスト

当然のことながら、このCPPを核とする権力ネットワークは選挙のたびに肥大せざるを得ない。

政府高官の地位に一旦就けば、政権に忠実である限り、まず追放されることはない。一方で、新人を受け入れるために新しいポストが設けられる。現職は昇進ないし横滑りするのみだから、その数はどんどん増えていく。

それにしても、今回の高級官僚インフレの規模は異例と言うしかない。そこには父から子への権力継承を円滑に進めるための入念な準備があったとみるべきだろう。

カンボJAによると、官僚インフレが特に顕著なのは内務省だ。前政権では22人だった次官・次官補が、今回は104人に増えた。また国防省でも、38人だった次官級が86人に増えた。

増員の理由は明かされていないが、実を言うと両省のトップは以前から、首相職の世襲に批判的だと指摘されてきた。内務相のサル・ケンと、国防相のティア・バン。共にフン・センの長きにわたる盟友である。

もちろん真相は闇の中だ。CPPの党内政治に関しては事実と噂の区別がつかない。しかし、フン・センの狙いどおり息子を後継者に据えるためには、長年にわたって彼の統治を支えてきた政界有力者や治安組織の賛同が必要だったことは明らかだ。そのためには有力者を金と名誉で釣る必要があった。

結果として、内務省でも国防省でも首相府と同じ世代交代が行われた。サル・ケンとティア・バンは退任し、それぞれの息子(サル・ソカとティア・セイハ)が後を継いだ。これで実質的に内務省はサル家の、国防省はティア家の私物となった。

それで次官・次官補級のポストが激増した。退任した2人の親族や手下を追い出すわけにはいかず、新任の2人の親族や仲間には新たな席を用意しなければならない。かくして政府は肥大化する。それはフン・センが首相職を息子に渡すに当たり、支持を確保するために支払わねばならぬ代償だったと言える。

これら全てが、フン・セン政権下で発展してきたカンボジアの独特な政治システムと、その今後の展開について重要なことを物語っている。

新政権の次官・次官補級1422人のうち、その地位にふさわしい具体的職務をこなしてきた人物は皆無に等しい。しかし全員がその地位を利用して稼ぎ、親類縁者の暮らしを支え、自分を補佐し、あるいは自分の手足となる者たちのネットワークを維持する資金を必要としている。

少なくとも過去には、役人が昇進のために金を払い、昇進によって増えた稼ぎの一部を「上の者」に献上するしきたりがあった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米、中国関連企業に土地売却命令 ICBM格納施設に

ビジネス

ENEOSHD、発行済み株式の22.68%上限に自

ビジネス

ノボノルディスク、「ウゴービ」の試験で体重減少効果

ビジネス

豪カンタス航空、7月下旬から上海便運休 需要低迷で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 5

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 9

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 10

    自宅のリフォーム中、床下でショッキングな発見をし…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中