最新記事

スリランカ

テロ対策でイスラム抑圧を進めるスリランカの過ち

2021年5月8日(土)11時40分
にしゃんた(羽衣国際大学教授、タレント)
スリランカのラジャパクサ大統領

ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領はテロとの戦いを宣言した Dinuka Liyanawatte-REUTERS

<「テロとの戦い」でイスラム抑圧を進めるスリランカは、対テロ戦争で間違いを犯したアメリカの二の舞?>

2011年5月1日。ホワイトハウスで当時のオバマ大統領、バイデン副大統領や政策担当者たちがスクリーンに釘付けになって「Geronimo Ekia」という言葉を待っていた。ジェロニモはウサマ・ビンラディンを指すコードネームで、エキアは敵の戦死を意味する。世界で最も重要な指名手配者の殺害を目的とした作戦コードネーム「ネプチューン・スピア」は開始わずか40分で完了した。

9.11のテロの首謀者ビンラディンが殺害されてから今年で10年になる。バイデン米大統領は4月28日、初めての施政方針演説で「ビンラディンを地獄の門まで追いかけ、公正な裁きを下した」、ビンラディン殺害によって「アフガニスタンのアルカイダは弱体化した」と述べ、アフガニスタン駐留米軍の撤退を表明した。

米史上最長となった戦争「アフガニスタン紛争」は、テロとの戦いが開始されてからちょうど20年目の区切りとなる9月11日までに完了することになる。ただ、アメリカはテロとの戦いに勝ったかどうかと言えば、そこには疑問符が残る。なぜなら、アメリカはテロリストを殺したが、その背後にある過激なイデオロギーを殺したわけではないからだ。米軍完全撤退によって現地のテロ組織が力を取り戻すことが既に懸念されている。

ここ数年、日本でアルカイダやIS(イスラム国)の報道を目にすることは少なくなった。東京オリンピックのテロ対策についての話題も、このコロナ禍で議題に上がることはあまりない。中東は日本からは遠い話のように感じられるかもしれないが、しかしアジア各国でもテロ組織は息づいており、脅威は身近にあるといっても過言ではない。

ベールと過激主義を同一視

私の母国、スリランカのテロとの戦いは2年前に始まった。2019年の4月に行われるイースターサンデー(復活祭)にISと提携した地元の過激派グループがスリランカのカトリック教会や高級ホテルを爆破し279人が死亡した。首謀者のザフラン・ハシムはいわゆるホームグロウンテロリストで、9.11のテロに刺激を受けて育った人物だった。爆破テロを受けて、国の治安の悪さに乗じて現職のゴタバヤ・ラジャパクサが多民族、多宗教の融和を掲げた前政権を失脚させて大統領の座を奪い取った。同時に彼は独自のテロとの戦いを宣言した。

今年の4月28日、テロ対策の一環としてスリランカ政府は公共の場でのあらゆる形態の顔を覆うベールの着用を禁止する提案を承認した。今後、この提案は法案として起草され、承認のために議会に提出される予定だ。与党のラジャパクサ政権が議会の3分の2の多数を占めているため、通過する可能性が高い。議会で可決されれば、スリランカでブルカ禁止令が発効されることになる。スリランカ政府によると、この措置は「国家安全保障上の懸念から」必要であるとしている。

スリランカでブルカを禁止する動きは、政府がコロナウイルスの蔓延を防ぐためにマスク着用を国民に呼びかけている最中の2021年3月に公安大臣によって発表された。ただ、発表直後に政府はあくまでもこれは提案であり、急いで実施しようとする動きはないと言及。この政府によるフォローは、ブルカ禁止の話が出た直後にパキスタンをはじめとするアラブ諸国から受けた批判を回避する意図はもちろん、その直後に控えていた国連人権委員会でのスリランカ政府の戦争犯罪と人権侵害の疑いについての決議に配慮し、イスラム諸国を味方につける思惑もあったと考えて間違いなかろう。

国際人権団体などからは「表現の自由や宗教の自由を含む女性の権利を侵害する危険な政策」だと指摘されているブルカ禁止は、すでにフランス、ベルギー、デンマーク、オーストリア、ブルガリア、オランダ、スイスなどの国々で実施されている。ヨーロッパでは建前上、文化的同調が強調されているが、スリランカではむしろ公安的な主張が強く、顔を覆うものを宗教的過激さと同一視している。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRBは利下げ余地ある、中立金利から0.5─1.0

ビジネス

米ワーナー、パラマウントの買収案を拒否 ネトフリ合

ビジネス

企業は来年の物価上昇予測、関税なお最大の懸念=米地

ビジネス

独IFO業況指数、12月は予想外に低下 来年前半も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 8
    【人手不足の真相】データが示す「女性・高齢者の労…
  • 9
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 10
    「住民が消えた...」LA国際空港に隠された「幽霊都市…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 7
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中